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謂れのない罪をでっち上げられたので、取り敢えず王太子殿下の性癖バラしておきますわね?  作者: 塵芥


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29/38

『29』


 車輪と馬蹄が奏でる規則的な音が車内に響く。


 普段なら皮肉を言い合い、軽口を叩き合うはずの二人。


 しかし、この時ばかりは妙な沈黙が車内を支配していた。


(ど、どうしましょうか。私としたことが、彼を意識しすぎているのでしょう。何を話せばいいのか……分かりませんわ)


 ユリウスは車窓に視線を向けながら、鼓動を大きく跳ね上がらせていた。


 一方のトワも、車窓から流れる景色などそっちのけで、悶々と内省していた。


(さっきの言葉はなかっただろう。何が『うるさい、お前には関係ないだろ』だ……。俺はなぜ、素直になれない?)


 互いの意識が沈黙を深めていく。


 そんな空気に耐えられなくなったのか、トワが静かに口を開いた。


「そうだ――準備は万全なんだろうな?」


 平静を装った声で呟く。


 その響きはまるで独り言のように曖昧。


 しかし、ユリウスはすぐ自分への問いだと察し、そっと扇で口元を隠して応じた。


「――勿論ですわ。トワ様の方こそ大丈夫なのでしょうか?」


 だがその扇はただのカモフラージュにすぎず、隠された唇は緊張からわずかに震えていた。


 対してトワは、ユリウスの視線を一瞬受け止める。しかしすぐに視線を逸らし、鼻を鳴らす。


「俺を誰だと思っている? だが、油断するなよ」


「ふふっ、私のことを見くびっていらっしゃるご様子で。ですが、ご安心を」


 そんな言葉の応酬は次第に軽妙な調子を取り戻し、いつの間にか普段通りの空気感が車内に戻っていくのだった。


 ◇


 王宮の門前には、招待を受けた貴族の令嬢たちやその従者らが集まり、豪華な馬車や美麗な衣装が目を引いていた。


(あちらの貴族令嬢は以前、パバート様といかがわしい関係にあったと報告を受けた方ですわね。そして、事件の被害者まで大勢揃っています。それから――)


 馬車を降りたユリウスは、警戒した様子で周囲を観察する。


 その視線は自然とトワと交わり、二人は小さく頷き合うと、優雅な足取りで茶会の席へと向かった。


 会場内では上辺だけの社交辞令を飛び交っている。


 ふと視線を感じて横目に見やれば、離れた位置からこちらを窺うトワの姿が。


(ふふっ、私の一挙一動を見逃すまいという強い意志を感じますわね)


 内心で小さく笑みを浮かべていると、伯爵家である彼女に懇意になりたい子爵や男爵家の令嬢たちが次々に声をかけてきた。


「ユリウス様、今日は一段と美しいですわね。一度、ゆっくりとお話をしたいと思っていましたの」


 媚びるような社交辞令。絢爛なドレスを纏った令嬢の笑顔には、どこか薄っぺらさが漂っている。


 ユリウスはその声に、微笑みながらも内心で思考を巡らせた。


(こちらの方は、確か――)


 脳裏に浮かぶのは、へのへのもへじのような特徴のない顔。

 その姿をじっと観察しながら記憶を探る。


(確か、フェーヴル家の御令嬢でしたわね。名前はえっと――シュミットさんでしたっけ?)


 ようやく記憶の糸を手繰り寄せると、にこりと上品な笑みを浮かべ、場を荒立てない無難な断りを入れる。


「申し訳ございません。また今度、別の機会に」


 そんな彼女たちを軽くあしらっていると、いつの間にかトワが近づいていたらしい。冷ややかな声で囁く。


「妙に人気があるんだな」


「あら、突然どうなされましたか?」


「特に意図などない。お前がここまで人気だったのが意外だったんだ」


「ユアマーシャル家の影響力を考えれば、妥当なことですわね。トワ様もそれくらい理解できているはず。――ふふっ、もしかして嫉妬でもなさっているのでしょうか?」


「……くだらない。バカなことを言うな」


 視線を逸らすトワ。しかしその耳がわずかに赤く染まっていることを、ユリウスは見逃さなかった。


(あらあら、どうして耳を赤く染めてらっしゃるのかしら? 少しだけ、からかってみましょうか?)


 内心で密かな笑みを浮かべ、口を開こうとした瞬間――二人の間に、不快極まりない男が割って入る。


「やあ、ユリウス。来てくれるとは思わなかったよ」


 その声に振り返ると、そこには白いタキシードを身に纏い、おぞましいウィンクを投げるパバートの姿があった。


(はあ……。パバート様が短絡的でプライドが高く、目立ちたがり屋であることは重々承知しておりましたが――婚約破棄した相手から、未だに歓迎されると思い込むなど、愚鈍にも程がありますわね)


 ユリウスは小さく溜め息をつくと、愛想笑いを一つ。


「ふふっ。王家主催の茶会の席にて、面白い物が見られるとお聞きしましたので、つい。とはいえ、まさか貴方が仕切るとは思いもよりませんでしたけれど」


 嫌味を零した。しかし、パバートは意に介すことなくユリウスへと手を伸ばす。


「相変わらず皮肉が過ぎないか? だが、そんな君も素敵だ」


 刹那、離れた場所から鋭利な殺気が放たれる。


 まるで刃物のような冷たい空気が漂い、周囲が一瞬、萎縮する。


「トワ様、相変わらず怖い顔をしていますわね」


「もしかして誰かを殺めてしまわれるのでは……?」


 ひそひそと、不快な小言が漏れ落ちるが、そんな程度では、彼の表情は変わらない。


 だがパバートだけはそんな彼の存在に気づいていないのだろう。これ見よがしに執拗なアプローチを続けた。


「そう言えば、今日は随分めかしこんでいるようだな。赤目の悪魔との婚約などやめて、私との再婚約を考え直してくれたのだろうか?」


 その言葉を聞いたユリウスは、わずかに表情を歪め、皮肉を投下する。


「パバート様、ご冗談は顔だけにして下さりませんこと?」


 瞬間、あまりにも強すぎる皮肉に、周囲が凍りつくようにしんと静まり返る。


 しかしパバートは、自身が懐の広い人物だと周りにアピールしたいのだろう。


「はははっ。また一段と、皮肉の鋭さが磨かれているな。だが私と再婚約すれば、ユアマーシャル家にも都合が良いだろ?」


 言いながら、ユリウスの肩に手を置き、しつこく距離を縮めようとした。


 そんな彼の態度に、これ以上相手するだけ無駄だと悟ったユリウスは、トワへと視線を送った。


(助けてくださいませ……)


 その視線に気づいた彼は小さく頷くと、まるで訓練された犬のように行動を即座に開始する。


「私の婚約者をこれ以上口説くのは辞めてもらおうか?」


 瞬間、パバートは、まるで予定外だと言わんばかりに目を見開き、声を荒らげトワの存在を拒絶し始める。


「……トワ・レイヴン。私はお前を呼んだ覚えなどないのだが?」


 しかしトワは全く動じない。


 むしろ嘲笑うように口角を上げると、皮肉たっぷりの言葉で応報する。


「何を言っているんだ? これは王家主催の茶会。そもそもレイヴン家の功績を知っているのならば、呼ばない方が王家の恥だろ」


 そう言い、彼は国王から直々に送られたであろう招待状を見せつけた。


 それと同時にパバートの顔が赤く染まる。


「なっ――!」


 しかしその表情は、怒りなのか、羞恥なのか――判然としない。


(パバート様に羞恥という感情がおありなのかしら?)


 ユリウスはふと疑問を抱きつつも、さらりと扇を広げ、くすりと笑みを零した。


 そんな彼女の反応に気づいたのか、はたまたトワの存在が抑制剤になったのか――


「……興が冷めた」


 彼ははそう吐き捨てると、他の令嬢の元へと足早に去っていった。


 そんな彼の背中を見送りながらもトワは、苛立った様子でユリウスに問い詰める。


「何故、あいつにベタベタされているのに黙っていた」


 しかし彼女は冷静な瞳で彼を見据え、理路整然答えた。


「別に黙っていたわけではありませんわ。それに腐っても王族。適当にあしらってユアマーシャル家に危険が及ぶようなことがあれば、それこそ愚の骨頂ですもの」


「その割にはかなり辛辣な皮肉を投じていたが?」


「ふふっ。一度、婚約破棄を申し出てこられた方から、婚約者の乗り換えを提案されれば、誰だって嫌味のひとつやふたつ、お見舞するものでは?」


 その返答に、トワの眉間にさらに深い皺が寄った。


 そんな彼の反応が面白かったのだろう。


 ユリウスは、くすりと微笑むと、先ほどの悪戯心をぶり返すように言葉の応報を続けた。


「そんなにカッカなされますと、お父様のように脳みそまで禿げてしまいますわよ?」


「……悪かった」


 言葉を失いつつも謝罪する彼に、ユリウスはどこか満足げに小さく微笑むと、自然な動作で場内を見渡す。


 その瞳には静かな鋭さが宿り、計画通りに物事が動くのを静かに待っているようだった。


「さて、軽く挨拶も済ませたことだし、今日は存分に王家の秘蔵コレクションを楽しんでくれたまえ」


 パバートは参加者たちに向かって軽やかに宣言すると、まるで義務を果たしたかのように足早にその場を後にする。


(何をしに行くつもりでしょうか)


 ユリウスは、そんな彼の背を訝しげながら視線だけで追うと、トワに一言。


「少々、お花を摘みに」


 裾を揺らしながら、軽やかにその場を後にした。


 ◇

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