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謂れのない罪をでっち上げられたので、取り敢えず王太子殿下の性癖バラしておきますわね?  作者: 塵芥


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27/32

『27』


 月が煌めき、蒼白の光が差し込むテラス。


 静寂の中、一人の女が湖面を眺め、指先で扇を弄んでいた。

 

夜風がドレスの裾を揺らし、彼女の横顔を淡い月光が縁取っている。


 そこへ近づく黒い影。


 足音を忍ばせ、控えめに扉を叩いた。


 その音に気づいた女――ユアは、優雅な仕草でゆっくりと振り返ると、落ち着いた笑みを浮かべて影を迎え入れた。


「あら、どちら様でしょう?」


 まるで舞台女優のような華やかさ。


 しかし、目元には鋭い光が宿っている。


 影は柔らかな微笑みを浮かべ、紳士然とした口調で囁く。


「隣、良いかな?」


 ユアは扇をゆるりと揺らし、余裕の笑みを返す。


「ふふっ。このような場所で出会ったのも何かの縁でしょう。どうぞ」


 促されるまま、影――レイは静かに一礼すると隣に腰を下ろし、月明かりに照らされた湖面へと視線を向けた。


「――ここから見る湖は、月が映えて美しいな」


 静かな口調ながら、その言葉には偶然を装った必然性が滲んでいる。


 やがてユアは、ちらりと周囲を確認すると、声を潜め問いかける。


「何か証拠は見つかりましたの?」


 僅かな挑発と期待を滲ませる声音。


 レイは僅かに口角を上げると、静かに頷いた。


「ああ。罠かもしれないが――興味深い名前を見つけた」


 直後、静寂を破るように休憩スペースの扉が開き、第三者の気配が滑り込む。


 それを感じ取ったユアは一瞬の間を置いてから、わざとらしく両手を打ち、明るい声を上げる。


「まあ! それはそれは。是非、詳しくお話をお聞きしたいものですわ!」


「それはいい提案だ。このあと時間はあるか?」


 レイもそんな彼女の芝居に合わせるように言葉を紡ぐと、小さく続けた。


「それより、お前の方はどうなんだ?」


 ユアはそんな彼の問いかけに、不敵な笑みを浮かべながら自身の収穫を口にする。


「ええ、レイ様。面白そうでしたので、お一つ、購入してみましたわ」


 予想外の返答に、レイは呆然としたように間を置き、僅かに声を漏らす。


「……は?」


 だがそんな彼の反応で遊ぶように、ユアはわざとらしく小首を傾げ、意味深に微笑んだ。


「どうかなさいました?」


 天使の皮を被った悪魔のような笑み。打算と挑発が滲んでいる。


 その飄々とした態度に、レイは思わず演技を忘れ、問い詰めるように詰め寄った。


「何故買ったんだ?」


 しかしユアは肝が据わっている。彼の意図を全て承知した上で、無垢な令嬢を演じ続けた。


「ですから、面白そうだからと――」


「はあ……。お前は馬鹿なのか?」


 そんな彼の発言にもどこか余裕を崩さないユアは、小さな子供でもからかって楽しむ様に肩をすくめる。


「何故、そんなことを言われなければならないのでしょう?」


 彼女のとぼけた返答に、レイは呆れたように小さく息を吐き出すと、早々に話題を切り替えた。


「――一先ず、その話は後でだ。品が届くのはいつだ?」


「六日後に指定しましたわよ?」


「……そうか、一先ず出よう」


 レイはこれ以上追求することの無意味さを悟ったのか、小さく溜息を吐いて立ち上がると、ユアに帰宅を促した。


「ええ、そうですわね」


 そんなやり取りの後、二人は恋人を演じるようにして、ルクス・ルナエ・トゥリスを後にするのだった。


 ◇


 蒼白く闇夜を照らす月の下。


 石畳の道をゆっくりと歩き、レイ(トワ)は自然な流れでユア(ユリウス)を門前まで送り届けると、短く息を吐き、淡々と命じる。


「明日、話がしたい。俺の屋敷に来い」


 彼女は一瞬だけ目を見開いたものの、すぐに小さな微笑を浮かべ、静かに頷くと一言。


「分かりましたわ」


「ふっ、では明日、また会おう。良い夢を」


 短く挨拶を交わし、二人は夜の闇に紛れるようにして別れるのだった。


 ◇


 翌日。


 ユリウスは昨晩の命令通り、レイヴン家を訪れていた。


 相変わらず重厚な雰囲気を漂わせる屋敷だが、以前とは違い、所々に白を基調とした装飾が施されている。暗い赤のカーテンと相まって、重苦しさを和らげようとしたのだろう。


 しかし彼女は容赦なく切り捨てる。


「これではただのゴミですわね」


 冷ややかな言葉とは裏腹に、内心ではまったく別の感情を抱いていた。


(この件が落ち着きましたら、模様替えの手伝いでもして差し上げましょうか)


 そんな楽しげな未来(・・)を自然と思い描いていると、背後からトワの低い声が響く。


「待たせたか?」


 わずかに気遣いが含まれた声音。


 ユリウスはゆっくりと振り返り、扇で口元を隠しながら、いつも通りの皮肉を口にする。


「ほんと、トワ様って相変わらず紳士的ではないですわよね」


 だが、その声音には不思議と柔らかな響きが宿っていた。


 それを受けたトワは、肩をすくめ呆れたように軽く首を傾げて応じる。


「お前はその皮肉をやめられないのか?」


 しかし、彼の口調にもまた、どこか彼女を認めるような微かな優しさが滲んでいた。


 皮肉の応酬さえも心地よく感じてしまう――けれど、今はまだそんな気持ちを認めるわけにはいかない。ユリウスは自身を戒めるように、静かに言葉を紡いだ。


「昨夜トワ様が仰っていた面白い名前、それは誰だったのでしょう?」


「ふっ、すぐに分かる。それよりも、お前は何を買ったんだ?」


 トワは、まるでユリウスが答えを既に察していることを知っているかのように、さらりと話を逸らす。


「ふふっ、意地悪をなさるのですわね。でしたら私も――」


 彼女は彼を試すように悪戯っぽい笑みを浮かべ、「何を買ったと思います?」と問いかけた。


「さあな」


 トワは肩をすくめて軽い苦笑を洩らした後、ふと悪戯心を覚え、思いもよらない答えを投じた。


「お前のことだ、鞭でも買ったんじゃないのか?」


「……へ?」


 思わず素っ頓狂な声を漏らしたユリウスだったが、すぐに冷静を取り戻すと、小さな咳払いを一つ。


「トワ様は、ご冗談というものを覚えられたのですわね。私、驚いてしまいましたわ」


「で、何を買った?」


「まあトワ様ったら、本当に“待て”の出来ない駄犬ですわね」


 ユリウスはそんな嫌味を口にすると、一拍。


「お分かりでしょうが、お香ですわ」


 その返答に一瞬トワは眉を寄せると、軽く挑発を込めた言葉を返した。


「お前が鞭を持っていたとしても、特に違和感はないと思うがな」


「まあ、持っていたとしても使い方を心得ておりませんわ」


 その返答にトワは軽くため息をつきつつも、すぐに核心を突いた質問を放つ。


「……で、何故香を買ったんだ?」


 ユリウスはわずかに目を細めると、彼の反応を楽しむように小さく、くすり。


「ふふっ、証拠が目の前にあれば手に入れるのは当然ではございませんか? それに、相手の身分を考えれば――現品がある方が都合が良いでしょう?」


 その言葉には、単なる遊び心を超えた狡猾な計算が滲んでいる。トワはユリウスの相変わらずな策士ぶりに呆れつつ、小さく息を吐いて問いかけた。


「……六日後、どこに配送した?」


「お届け先は――ふふっ。王宮、と言えばお分かりいただけますでしょうか? きっと、面白いものが見れますわよ」


 トワはその言葉に一瞬沈黙したものの、すぐに表情を崩して軽く苦笑し、静かな声で呟いた。


「はあ……また危ない橋を」


「ふふっ。ああ、そうですわ。私の部屋に残されていたお香の解析結果が本日上がってきましたの」


 ユリウスは軽く前置きすると、そのお香には催眠と僅かな媚薬効果があり、香りを嗅いだ後の数時間分の記憶が消えるということを簡潔に告げる。


「なるほどな。だから、失踪した令嬢たちは皆、記憶が抜け落ちていたというわけか。だが――」


「私の記憶が消えていないことが不思議だと?」


「ああ」


「ふふっ。私がそんな玩具ごときに記憶を奪われると、本気でお思いですか?」


 ユリウスは堂々と言い切ると、優雅に扇を広げて余裕たっぷりに微笑んだ。


「まあ、一瞬危うかったですけれど、意思をしっかりと持っていれば、どうとでもなりましたわね」


 彼女のその言葉に、トワは呆れ果てたように小さく息を吐き、唇の端を引き攣らせて肩をすくめる。


「お前の目論見はなんとなく分かった。六日後の私との契約、真実を暴いた上で犯人に自白させるつもりだろ?」


 ユリウスは一瞬、寂しげな表情を浮かべる。


「……ええ。次でチェックメイトですわ」


 しかし、それを振り払うように迷いのない声音で言い切ると、パチンッと扇を閉じ、不敵に微笑んだ。


 ◇


 一方その頃、とある薄暗い一室。


 着実に張り巡らされた罠に気づくこともなく、犯人は焦りを剥き出しにして部屋を落ち着きなく歩き回っていた。


 焦りと怒りが入り交じったその足取りは激しく、目の前の黒衣姿の人物に鋭い視線を向けて叫ぶ。


「何故、他の奴に買わせたんだ! お前のせいで台無しだ!」


 その怒声には単なる苛立ちを超え、自分の計画を完璧に支配できなかった屈辱や焦燥が如実に表れていた。彼にとって、それは自身の優位性を根底から覆すほどの屈辱だったのだろう。


 だが黒衣の人物は、まったく動じる様子もなく、中性的な声で冷たく返した。


「仕方ないでしょ。あれは想定外ですよ――運営側との取引で、“金貨五百枚以下の入札は自動で却下”という設定になっていたはずですが、今回に限り、設定に手違いがあったようです」


「予想外だと!? 馬鹿を言うな! 今回の香はまだ試作段階で、その効果も実証できていないんだぞ!? そもそも、あのオークション会場に出品させたのもお前の提案だろうが! 運営側に任せきりだった貴様の責任だぞ!」


 犯人は激昂してまくし立て、今にも殴りかかりそうな勢いで黒衣の人物を睨みつける。


 本来、ユア――もといユリウスが落札したお香(試作品)は、終盤のオークションで、まず他人が手を出せないように『特別な入札制限』をかけた上で高額出品されていた。


 だが、運営側に設定のミスがあり、ユリウスはその隙を突いて落札したのだ。


 おそらく犯人にとって、この予想外の展開は自身の悪事を暴かれる致命的な危険に映ったのだろう。それゆえに、これほどまでの動揺を見せているのかもしれない。


 そんな相手の様子を冷めた目で見ていた黒衣の人物は、まったく意に介する様子もなく小さなため息を一つ。淡々とした口調で忠告する。


「購入者は『ユア』という人物ですが、十中八九、偽名でしょう。配送先までは私の管轄外ですし、向こうにとっては所詮娯楽の一つに過ぎませんよ。それに、未実証品なのですから、データが取れる良い機会でもあります。……欲に溺れるのは結構ですが、度を越せば身を滅ぼしますよ?」


 黒衣の人物は淡々と告げると、微かな冷笑を浮かべながら静かに身を翻す。その瞳には冷淡な光が宿り、別の何かを企んでいるようにも見えた。


「――では六日後、いつもの取引場所に新たに用意させたお香をお届けいたします。ああ、時間は会の途中になりますが――まあ、貴方がしっかりとフィナーレを飾ってくだされば、お互いが望む都合の良い結果になるでしょう」


「お、おい!」


 声を荒らげるも、黒衣の人物はすでに踵を返した後。


「くそっ……これで失敗すればお前のせいだからな!」


 焦りを抱える誰かは、静寂な部屋に一人。拳を強く握り締めると、苛立ちを隠しもせず部屋を後にするのだった。


 ◇

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