『21』
静寂が支配する室内。
割れた窓から冷たい風が吹き込み、かすかな月明かりが床を照らしていた。
だが、それに気を取られている暇などない。
「お前、いつから意識を戻していた!?」
静寂を引き裂くように、トワが鋭い声で詰め寄る。
しかしユリウスは動じる様子もなく、涼しげな微笑を浮かべ、皮肉を口にした。
「暑苦しいですわトワ様。そんなに声を荒らげては、お父様のように禿げてしまいますわよ」
まるで彼の苛立ちを楽しむような態度。トワは一瞬カッとなったが、すぐに感情を押し殺した――瞬間。
「好きなのか?」
突然の呟きに、トワの思考が止まる。
(……急に何を言い出した?)
戸惑いを覚えつつ彼女を見つめる彼に、ユリウスは挑発的な笑みを浮かべ、くすり。
「『――好きなのか?』という部分からですわね」
その発言を聞いたトワは、大きく息を吐くと、苛立ちを誤魔化すようにこめかみを押さえた。
「はあ、迂闊だった……」
「ふふっ、同感ですわ」
柔らかな微笑の裏に、獲物を追い詰める捕食者のような冷酷さが垣間見える。
だが、感傷に浸っている暇など彼にはない。
「さて。明日の朝までに、トワ様の身の潔白を証明しなければならなくなりましたわね?」
その言葉の裏には、“早く弁明して見せてくださいませ”という暗黙の命令が滲んでいるよう。
「……何を言っても無駄だろうが、一応これが証拠だ」
トワは僅かに口角を下げ、懐から壊れかけたアーティファクトを取り出すと、それを起動した。
映し出された映像には、赤々と燃える瞳をした誰かが現れる。しかし暗がりのため、その正体までは掴めない。
映像を見つめるユリウス。しかし、扇を握る手には微かに力が籠っている。
その態度は疑念に蝕まれる者のそれ。
だが彼女は、迷いを振り払うように小さく首を振り、再び映像に意識を集中し始めた――
その時だった。
『私は神だ。これはユリウス・ユアマシャールの名を偽ったお前への贖罪だ』
“神”と名乗る男の低い声が響く。
まるで耳元で囁かれるようなその声に、彼女は何かに気づいた様子でハッとして声を上げた。
「止めてくださいませ」
(やはり弁明の余地もないということか……)
内心で諦念を抱きながら、トワは映像を停止した。
「この殿方ですが――まるで別人ですわね」
「……は?」
突然の指摘に、目を瞬かせ呆然とするトワ。
「まるで別人とはどういうことだ?」
ユリウスは嘲笑するように皮肉を投じる。
「あら、それは失礼いたしました。“赤目の悪魔”ともあろう御仁が、少々主語を抜いただけで理解できなくなるとは思わず。ふふっ、これではただの噂倒れ、笑い者になるのも時間の問題ですわね」
「うるさい。さっさと答えろ」
「はあ……トワ様の声は低く、常に冷静さを保ち、感情を抑えて話されますわね。それに比べ、アーティファクトの声は焦燥感が混じっており、不自然な高揚が含まれていますの」
その指摘は淡々としていたが、トワ自身でも注意しなければ見逃してしまうほど些細な違和感だった。
(そんな微妙な違いにすぐ気づくとは……)
トワは、ユリウスの観察力に内心舌を巻く。
しかし、それが自身の弱みになると思うや否や、まるで冷たい氷塊を投げつけるような声色で切り捨てる。
「お前……気持ち悪いな」
「失礼ですわよ、トワ様。そのようなことを言われる筋合いはありませんわ。私でも分かる内容を、ト貴方が把握されていなかっただけですわよね?」
ユリウスは不機嫌そうに扇を閉じると、試すように新たな提案をする。
「ですがまあ、この声だけでは証拠不十分ですわね。せっかく私の部屋に“証拠”が沢山あるのですから、明日の朝までに精査して集めませんこと?」
彼女の声音には、どこか彼を庇おうとする響きが滲んでいる。
「――そうだな」
トワは静かに頷くと、彼女の言葉にわずかな頼もしさを感じるのだった。
◇




