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謂れのない罪をでっち上げられたので、取り敢えず王太子殿下の性癖バラしておきますわね?  作者: 塵芥


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22/34

『22』


 トワの無実を証明する証拠が出揃ったのは、朝の五時頃。

 東雲の冷気が室内に漂い、窓の外は冬の近づきを告げるようにまだ暗かった。


「これで最後か」


 低く呟かれたその声には、眠気と疲労が滲んでいる。


「ええ……そうですわね」


 ユリウスもまた、扇を軽く動かしながら疲れを滲ませた声で応じた。


 徹夜などほぼ無縁だった二人。


 それでも仮眠を取らずに証拠を探し続けたのは、翌朝までというタイムリミットに焦りがあったからなのかもしれない。


 トワは自らの無実を証明するために、そしてユリウスは――そんな彼を守るために。自然と利害が一致した結果なのだろう。


「さて……集めた証拠を整理いたしましょうか?」


 ユリウスは疲労を滲ませながらも、凛とした口調で提案する。


 その目には、まだ休む気はないという明確な意思が感じ取れた。


 しかし、ここで倒れられても困るのは彼自身。トワは少し考えながらも、静かに問いかけた。


「……本当に休憩は必要ないのか?」


「もちろんですわ。そもそも、時間が足りませんもの。こんなところで休息を取るなど、この私が許しませんわ」


 欠伸を押し殺すように紡がれる言葉。無理をしているのは一目瞭然だったが、トワは彼女の気持ちを受け止め、「そうか」と一言。二人は自然な形でソファーに横並びで座り、集めた証拠品をテーブルに整列し始めた。


「二種類の足跡に、砕けたカラーコンタクト(色つき義眼)の破片、薔薇の刺繍が入った服の切れ端。それから、金色の髪にピンクと白の髪――トワ様の方は?」


 ユリウスは冷静に問いかける。


 疲労で思考が鈍っているはずなのに、その立ち振る舞いにはまるで隙がなく、いつもの気品さえ漂わせているよう。


「俺の方は……ベッドの下に落ちていた黒薔薇と奇妙な形をした香。それから、この紙くらいだな」


 そう言って提示された品々の中で、黒薔薇はすでに馴染みがある。


 だが、暗号のようなメッセージは初めて目にするものだった。


「拝見してもよろしくて?」


「ああ」


 トワは小さく頷くと、紙を差し出した。


「“赤き目の悪魔が棲まう塔の崩落と共に、神もこの世を去るだろう”……ですか」


 ユリウスは受け取った紙に指先を添え、小さく眉を寄せる。


そんな彼女の反応に、トワは微かに含みのある笑みを零した。


(……気づいたか)


 一見すると粗末な再利用品に見えるその紙。しかし、その上で踊る美しい文字は、まるで宮廷の書記官が書いたかのような流麗な筆跡。


(触れた時から気づいていたが、羊皮紙特有の滑らかさは一切なく、端も不揃いに裂けている。貴族なら使い走りの伝言にすら使わない代物だ)


 内心で呟きながら、他の違和感も見抜けるかと試すように視線を送る。


(お前ならこれくらいすぐに見抜けるよな?)


 そんな彼の内心に呼応するように、ユリウスは僅かに眉を上げ、問いかけた。


「トワ様、こちらの筆跡に心当たりはございませんか?」


「さあな」


 短く返しながら、トワは僅かに目を細める。


「他者と関わることがほとんどなかったんだ。どうせ()の噂に乗じた愉快犯の仕業だろう」


 その声には苛立ちと諦めが交じり、どこか嗤笑的ですらある。


 訪れる静寂。


 それを破るように、ユリウスが脈絡のない話を持ち出した。


「トワ様って、たまに一人称が、“私”から“俺”に変わりますわよね?」


「……そう、なのか?」


 唐突な指摘に、トワは短く返し、動揺気味に目を伏せる。

 自身の一人称が乱れているなど、一度も考えたことがなかったのだ。


 元々の一人称は“俺”。だが、形式を重んじる父や、貴族との付き合いが増えるにつれ、それは自然と矯正されていった。


(気が付かなかったとは……)


 トワは軽く息を吐き、自嘲する。


 矯正された言葉遣いと、捨てたはずの本来の自分。


 その二つが混ざり合い、捨てきれなかった自分が、彼女の前だけで微かに息をしていることに気づかされる。


 だが、それとは別にトワは違和感を覚えた。


「お前、私のことをよく観察しているな」


「そうでしょうか?」


「ああ。アーティファクトの声の違いといい、一人称の揺れといい……何を企んでいる?」


 疑念と探るような響きを滲ませるトワに、ユリウスは眠たげに目を細め、欠伸を噛み殺す。


「さあ〜? トワ様と関わるにつれて、自然と気がつくようになっただけですわ。ここに打算も何もございませんわよ?」


 その言葉に嘘の香りはない。


 瞬間、トワの表情に説明し難い微かな揺れが走る。


 初めて声を交わしたのは、変態王太子との婚約破棄が行われた小さな社交場。その次に顔を合わせたのは、彼がユリウスをレイヴン家へ呼び出した時。


 あの時の彼女は計算高く、彼の本性を暴こうとする打算を言葉の端々から滲ませていた。


 だが、それが本当に“自然”な変化だとしたら――?

(有り得ない。だが、もし本当に……)


 疑念の奥に、微かな温もりを感じ取るトワ。


 彼はその感覚を確かめるように、静かに問い返した。


「自然と、だと?」


 だが、ユリウスからの返事はない。


(やはり嘘だったか……)


 微かに寂しげな表情を浮かべ、隠すように目を伏せた――瞬間、肩に僅かな重みがのしかかる。


(……?)


 トワは静かに視線を動かすと、自身の肩にもたれかかり、小さく寝息を立てるユリウスの姿が。


 信じられない光景。


(これは夢か? それとも、幻想か? いや、どちらも同じことなのだが――現実ではないのだろう。俺はいつ眠ってしまった?)


 疑いながら自身の頬を軽く抓ってみると、僅かな痛みを覚える。


(どういう……ことだ?)


 トワは瞳を揺らしながら、非現実な光景に、思考が自然と停止する。


(警戒心の塊であろう彼女が、自分に身を委ねるなどあり得るのか? いや、これは俺を試すための策略だろう)


 嫌な疑念や邪心が芽生え、慎重になりながら小声で呟く。

「今回は騙されないからな」


 しかし、ユリウスの瞼は静かに閉じられたままで、そこに演技の気配は一切感じられなかった。


 トワは、そんな彼女の寝顔に自然と魅入ってしまう。


 穏やかな寝息に、微かに揺れる長いまつ毛。


 白く透き通る肌に差したほのかな薄桃色は、普段の気丈さとは裏腹に、彼女の儚さを際立たせている。


 そして、ほんのり開いた唇。


 その柔らかな曲線が無防備さをさらに引き立て、仄かに漂う甘美な香りがトワの心を静かに、しかし確実に乱していく。


(……これで本当に寝ていたとすれば、無防備過ぎないか?)


 戸惑いつつもトワはそっと肩を揺らし、ユリウスから距離を取ろうとした。


 瞬間、小さく甘い寝言が漏れ落ちる。


「ん……もう少しだけ……」


 その寝言(言葉)に胸がドキリと高鳴り、耳まで熱くなるのを感じた。


(落ち着け、何を動揺しているんだ……)


 トワは動きを止め、自らを叱責するように軽く息を吐き出した。そして、諦めるように小さく呟く。


「はあ――少しだけだからな」


 独り言のように呟きながら、肩にもたれるユリウスをそのままに、目の前の証拠品へ視線を戻す。


(この紙は一体、誰が何の目的で残したのか……いや、俺を貶める意思があるのは明白だが――)


 意識的に推理を試みるも、胸の鼓動は静まらず、彼の思考を密やかに乱していくのだった。


 ◇

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