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謂れのない罪をでっち上げられたので、取り敢えず王太子殿下の性癖バラしておきますわね?  作者: 塵芥


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19/32

『19』


「――好きなのか?」


 かすかに聞こえたその声は、苦しげで……。なぜか、ひどく悲しそうに響いた気がした。


(トワ、レイヴン……?)


 その声が、ユリウスの意識を静かに揺り起こす。


「――お前が目を覚ました時、弁明させてくれ……。それを聞いた上で俺を犯人だと思うなら、それでも構わない……。だが――」


 トワはそこで言葉を詰まらせる。


 その言葉を聞いた途端、なぜかユリウスの胸は、ギュッと痛みを覚えた――気がした。


「いや、俺は……何を言おうとしているんだ……」


 声は次第に掠れ、やがて静寂に消えていく。


 薄い瞼をそっと開けた先に見えた彼の表情は、今にも泣き出しそうなほど寂しげで、それでも微かに優しい微笑みが浮かんでいる。


 その瞬間、胸の奥が静かに震え、誰かが心の奥底で閉ざしていた扉を、そっと叩くような感覚に苛まれる。


(なに……かしら、この変な感じ……)


 戸惑いながらも、彼から目が逸らせない。


(どうして……どうしてそんなに辛そうな顔をしているのですか……?)


 そう問いかけようとしても喉が締め付けられるように震え、声が音になる前に消えていく。


 ならばと思い、彼に手を伸ばそうと腕に力を入れるも、神経が切断されたように動かない。


(どうして……身体が動かないのかしら……?)


 一瞬の恐怖が胸を締めつける。霧がかった記憶が混乱を深め、状況を繋ぎ合わせられない。


(これは……彼がやったこと?)


 迷路のような疑念の中で、トワを疑いたくないという小さな感情が芽生えた。


(違う。彼はきっと、そんな人じゃない……)


 しかし“赤目”“悪魔”という証言が、その希望を黒い染みのように覆っていく。


(違う! きっと、彼じゃない。彼じゃないから……こんなにも胸が痛むのですわ……)


 必死に反論するが、広がる黒い穢れに抗えず――彼女は暗闇へと沈んでいった。


 ◇


「……ここは……どこかしら?」


 小さく呟きながら目を凝らすが、周囲は何も見えないほど深い闇に包まれている。


(……おかしいですわね。人の気配がまったくといって感じられません)


 小さく首を傾げ訝しげていると、突然見知った声が空間に広がった。


『あら、こちらに来てしまったのね』


「誰ですの!?」


 突然の声に、ユリウスはびくりと肩を揺らし、大きく振り返る。


『ふふっ。私の顔も分からないほど、視力が悪くなったのかしら?』


 彼女の心の奥深くから、低く冷たい声が囁き、ひとつの影が揺れる。


 その容姿はユリウスそのものだが、塗りつぶされた肖像画のように顔は黒く覆われ、不気味な気配を漂わせている。


(何故、私が……?)


 ゴクリと唾を飲む音が、漆黒の闇の中に響く。


 すると、目の前の彼女がニヤリと微笑み、不愉快な現実を突きつけ始める。


『貴女はトワ・レイヴンに騙されたのよ。早く目を覚ましなさい』


「いいえ、違うわ!」


 脊髄反射で反論したものの、その声はどこか揺らぎを見せ、いつもの鋭さは半減している。


 そんな彼女を見透かすように、黒で塗り潰されたもう一人のユリウスが揺さぶりかける。


『どうしてそう思うの? その根拠は? 貴女は何故、彼を庇おうとするの?』


「……っ! それは……正直分からない。でも、彼はそんなことをする人に思えないの!」


 珍しく感情的に言い返すが、それはあまりにも弱い反論。


『理論的じゃないわね。いつからそんな感情論を振りかざすようになったのかしら?』


 その言葉に、ユリウスは思わず沈黙した。


 そんな彼女を嘲笑うように、もう一人の自分は無情な刃を放つ。


『そもそも、あんなに疑っておいて今更信じたいなんて、都合が良すぎじゃないかしら?』


「それは……。信じたくなくても証拠が揃いすぎていたから……仕方ないでしょう!」


 感情論で殴る彼女。


 だが、ユリウスの言葉はあまりにも弱々しく、説得力に欠けていた。


 そんな隙だらけの彼女に、もう一人のユリウスは不敵な笑みを浮かべ、事実を淡々と並べていく。


『なのに、今は彼を信じるの? 矛盾していると思わないのかしら?』


 その指摘に、ユリウスは返す言葉を見つけられない。彼女の言うことは筋が通っている。


 ユリウスは、眉を寄せ、唇を強く噛み締めた。


『ほら、何も言えないでしょ? 彼が犯人よ。目を覚ましなさい』


 もう一人の彼女が強く揺さぶりかけ、その影がユリウスを飲み込もうとする。


(彼女が言っていることは正しいわね……)


 鋭く突きつけられた真実に、ユリウスは一瞬揺らいだ。


 しかし、心の奥に灯った微かな光が彼女を引き止めた。


(……いいえ、違うわ)


 瞬間、自然と湧き上がってきた記憶たち。


 最悪な出会いから始まったトワとの関係。反発し合いながらも、彼のふとした気遣いや真摯な態度を知るうちに、徐々に印象が変わっていった。


 あの日、倒れそうになった自分を介抱してくれたこと。普段は嫌味な言葉ばかり吐き捨てるくせに、自分の我儘に真摯に向き合い気遣ってくれたこと。打算も含まれるだろうが、その全てが計算されたものとは思えない。


 だが、そんな信頼が芽生え始めた矢先に投げ込まれた従者の証言……。よく考えれば、あまりにも証拠が揃いすぎている。


(おかしいですわね……。なぜ、状況がここまで彼を指し示しているのかしら? まるで、初めから仕組まれていたかのように……)


 本来なら、もっと冷静に判断すべきだった。証拠の先にある真実を見ようとすべきだった。


 それに気づいた瞬間、彼女は自分が重大なことを見落としていたことに気がついた。


(先入観に囚われて、彼自身をしっかりと見ていなかったようですわ。私もまだまだですわね。)


 軽く内省すると、ユリウスは小さく微笑み、もう一人の自分を毅然と見据えた。


「決めましたわ。私、彼からの弁明を聞きます。そこで、真実を見極めればよろしいでしょ?」


 自信に満ちた言葉を投じるが、もう一人の自分はそれを鼻で笑う。


『ふふっ。何を言っているのかしら? 聞いても意味がないわ』


「いいえ、聞かなければ見落としていたものがあるかもしれませんもの。貴女も私なのでしょ? たまには打算抜きで他者を信じてみるのも――悪くないと思いませんこと?」


 くすりと嫌味な笑みを浮かべ、いつも通りの皮肉を交えながらも、もう一人の自分を悠然と見下ろした。


 その姿からは高貴さと誇り高さが窺える。


『あら、残念。もう少しウジウジすると思ったのだけど……今の貴方には何を言っても意味がないと思うわ。でも――』


 そこまでいうと一拍。


『後悔しなければいいけれど』


 冷たい笑みを残し、その姿は闇に溶けていった。


 その瞬間、胸にかかっていた霧が薄らぎ、記憶が鮮明に戻り始める。


 だが、彼女の精神世界は真っ暗に染まったまま、静まり返っている。


(さて、私はいつまでここにいなければいけないのでしょう?)


 ユリウスはゆっくりと息を吐き出す。


 その表情には、迷いを断ち切った清々しさが浮かんでいるのだった。


 ◇

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