『10』
とある夜のユアマシャール家。
静寂を破るように、“黒い影”が忍び寄っていた。
黒いマントを羽織り、顔の大半を隠した二つの影。一つは妙に背が高く男性的。もう一つはそれよりも頭一つ分ほど低く、男か女かは判然としない。
彼らは邸宅の周囲を慎重に進み、夜そのものが味方しているかのように音もなく動いていく。
ユアマシャール家の広大な屋敷は、この時刻には従者の気配すらも吸い込まれ、完全な静寂に包まれている。そのためか、誰一人として彼らの侵入に気付く者はいない。
二つの影は辺りを警戒しつつ頷き合うと、一人は外で待機し、もう一人は屋敷内へと侵入した。
狙いは二階の中央に位置するユリウスの部屋。
室内には静寂が満ち、わずかな月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいる。
(まさか――こちらの動きがバレていた……?)
影は静けさに不安を覚えつつ、天蓋のカーテンをそっと開く。
ベッドには僅かな膨らみがあり、誰かが眠っているのが見て取れる。
(なんだ、寝ているのか)
影は小さく息を吐き、慎重に窓を開けた。夜風が室内に流れ込み、カーテンが僅かに揺れ動く。
「……チッ」
その揺れに苛立ちながらも、影はロープを静かに垂らし、外で待機していたもう一人を招き入れた。
一見手間のかかる行動だが、これには確かなメリットがある。
それは、リスクの軽減。
万が一犯行が発覚しても、二人揃って捕まることは絶対に避けねばならない。この方法なら、常に単独犯を装うことが可能。
実際、これまでの調査も犯人が単独という前提で進められており、そのおかげで彼らは今まで追及の手を逃れてきた。
窓からもう一人が合流すると、ここから犯行開始である。
影は小さな香炉を取り出し、慣れた手つきで特製のお香に火を灯す。
漂い始める甘い香りが室内に広がり、やがて空気に溶け込んだ。
それは催眠と媚薬の効果を併せ持つ危険な代物で、意識を曖昧にし、理性を鈍らせる。
ただし、男には効果がない。影らはその特性を理解した上で、標的であるユリウスを確実に捕らえようとしているのだろう。甘い香りが室内に充満すると、一人がニヤリと頷き、意識の薄れたユリウスを肩に担ぎ上げた。
すると、もう一人が不気味な笑みを浮かべ、儀式めいた手つきで黒薔薇をベッドへと配置すると、中性的な声でボソリと呟く。
「いつも通り、完璧ですね」
二つの影は軽く目配せすると、物音一つ立てずユリウスの部屋を後にした。
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