見えない敵 2
ダンジョン二階層は岩山と泥地ばかり。フロアを歩いて進むと雨が降る。それに乗じて酸性虫がいた。装備品が溶けていく。ピンチの中、エリスの魔術が酸を制した。
女三人がこちらに来たが様子が変だ。
「モニカさん、ローブ表裏逆に羽織っていませんか?」
「いるよ。表側に穴が開いちゃって胸が見えてしまうから逆にしたの」
胸が見えるって下着はつけていると思う、それともセクシーなチャイナドレスのように胸開きになってしまったのか。
どれ、なるほど。戦闘には支障のない穴だ。
五人が岩の陰に集まる。
「これからあそこまでの道のりを行くけど正面から正直に全員が行くことないと思うの。見る限り他のモンスターはいない、かといって安全とわかるまでは離れられない。
近くまで行って前後に分かれましょう。岩山の上り下りより谷を周る方が見つからないはずよ」
「そうね、じゃ私が先頭を行くから」
「いいのモニカ?」
「うん、逆さにした濡れたローブも慣れてきたから」
「それはよかった」
「それに早く三階層に行ってローブを乾かしたい」
「行こうか」
アッキーがもっと話してくれればいいが、この世界に来てから何故か無口キャラに豹変した。ほとんど俺の言葉は一方通行で終わる。
「これからできる限り離れない方がいいわ」
モニカさんが注意喚起する。
「はい」
「うん」
「ああ」
「そう」
俺たちは敵の監視の目をかい潜るため、谷をジグザグに歩く。
そしてボスに近づくにつれ苔の生えた岩山が出てきた。その岩山で滑って転びぶつかった。服が汚れ散々な目に合いながらも誰も声を出さず耐えて進む。
痛いと誰も言葉に出さないから、傷の具合が分からない。足を手で擦る、眉を顰めるといった表情や仕草だけでは読み取れない。
ほらまた!カタリナが膝を挫いた。白いハイソックスが血で泥で赤黒くなっている。傷口に黴菌が入るじゃないか。
ハイソックスを少し曲げるカタリナ、そんな昔の技術でいいのか?
その技術は間違ってはいないが新しいハイソックスがどんどん血で染まっていく。血は歩くからどんどん出てきて止まらない。見かねたエリスが魔術を使って治せと言ったようだ。魔力を無駄にしないようカタリナは節約していたが、これは必要な魔力(出費)だ。ヒーラーがやられたら、終わりと以前に聞いたことがある。
ハイソックスをめくって傷に手を当て小さな声で唱える。
「開け、いやしの輪!」
「ヒーリング!!」
カタリナの傷を緑の光が覆い、消えると傷は治っていた。
俺たちの方を心配そうな目で見るカタリナに、ヒーリングは必要ないとみんな首を振った。カタリナの目が潤む、俺たちはすぐに目をそらした。そしてまた歩いた、順番を崩さないように。
ボスまであと約200m。雨のせいで、よく見えなかったボスの輪郭が分かる。遠くから見た時は、どうみてもロックマン(岩男)だったが、それは蛙の顔に岩を合わせたようなモンスターだった。
具体的に言うと、体が黄土色、それを砂が混じったゼリー状の粘膜が覆う。気持ち悪いのでメニューでその存在を調べる。詳細は書かれず曖昧な解説だけ。
≪ブロッグ フロアボス、岩のモンスター≫
「洞窟だ。ブロッグの後ろの岩の中!そこから三階へ行けそうだがトラップの可能性もある」
俺はエリスの顔を見た。
「ないかな。トラップを守るなんて馬鹿げてる。それにモンスターの気配がない、魔力的なものを感じる。戦闘が終わったら調べてみましょう」
「そうしよう」
ここからは注意が必要だ。音はもちろん声や気配も消す。
俺は全員に目配せして口パクする、全員すぐにその意味を理解した。
(ここから作戦を伝える。まずエリス、正面で三百秒後に出て行ってくれ)
頷くエリス。エリスを真正面に置くのは一番戦闘に長けていて強いからだ。もし何かあっても一人でどうにでも出来る。
俺は指を五本たてた。
(俺たちは五手に分かれる)
(俺はカタリナと左に、アッキーとモニカさんは右に周る、エリスが正面から行ったら同時にボスに攻撃だ。くれぐれも周るときボスとの距離を保ってほしい)
と三回、口パクを繰り返し念を押す。
(いいか?)
(了解)
とカタリナも口パク、アッキーとモニカさんは頷き左右に分かれた。
(もう数えていい?)
俺は指でOKサインを出す。
名付けてサークルフォーメーション。バスケットボールみたいな名前だが、これはルーレイファワークの戦術である。シロップを正面に残し俺とみゃあ、アッキーとモニカさんがそれぞれ左右にいく。さらに左右に分かれた二人の内一人が奥へ進み、円から五角形の点をとるように全員が位置する。狩り好きのシロップが行ったら俺たちが一斉に中心に向かい襲い掛かる作戦だ。
常にボスのいる平地から目を離さない。
俺は百秒位経った所でカタリナに両手を見せた。
(うん)
と頷くカタリナ。
そして俺はカタリナを置いて先へ進んだ。
二百秒後に皆が目的地に辿りつけなくてもエリスは前を出ていく。
はぁはぁ、だから間に合わせないと・・。多少体を挫いたが、よかった血は出ていない。
岩の周囲の谷を越え、ここを周れば、
ん?
一瞬何か目の前に見えたような?顔を振って目を見開くが誰もいない、気のせいか。
何とか、俺は目的地に着いた!呼吸を急いで整える。リーダーでナイトの俺が一番先に着かないと仲間に申し訳ない。
今かと待っていたら、エリスが走った!それに続く俺達、全員が中央に向かって走った。
俺はブロッグがギルドの中で、誰が弱いか分からないと高を括っていた。また、あの位置から動かないと侮っていた。
「カタリナ!」
声を出してブロッグにこちらの存在を教えるが敵は俺に目もくれない。急いで俺はカタリナの方に走った、
「はぁはぁはぁ」
やばい!最弱のカタリナが狙われている。
モニカさんがファイヤーボウを詠唱する。モニカさんの位置から距離を埋めるには、高速の遠距離攻撃を仕掛けるしかない。
その時だった。
空から一本の糸が落ちた、雨である。
「次から次へと悪いことばっかり~!」
モニカさんが嘆く。
構わず、放つ。
「ファイヤーボウ!!」
「お願い!!」
「シトシトシトシトパラパラパラパラザザザザー」
「ボウッ・・・・・シュー・・・・ッ」
「あぁ駄目ぇ~!」
モニカのファイヤボウはブロッグに当たる前に雨で消滅した。
何かを投げたエリス、そんなものじゃー全くきかない。
「カッ・」
ブロッグの足元に木の棒が落ちた。
「手をのばせ、精なるものたち!」
「グロートゥリー!!」
落ちた棒から枝が伸びる、しかし動いているブロッグを枝はうまく絡めとれない!!
「アシッドレイン!!」
ならと、エリスはアシッドレインの魔術を唱え酸性虫を駆除する。
やった!今ならブロッグより先にカタリナの元へ着くはずだ。
「バゴッ!!」
はずだった。
後頭部から衝撃が走り光りが頭に走る。俺はその場に倒れ込んだ。頭と体が熱と痛みを放つ、そのうちの熱は雨で流された。
血が流れているのか頭が痛い。誰か助けてくれ~、内出血か頭の血管がピクピクと脈打っている~。
カタリナは、ライムの元凶に気づいた!
ライムの背後、酸性虫の雨に打たれる無表情のブロッグがもう一匹いたことに!
カタリナには攻撃ができない欠点がある。それは弱点となり全員に負担をかけた戦闘を強いていた。その選択肢は二つ。ライムの方へ行って回復させるか、エリスの方へ行くか。自分が助かる道は後者。だが前者を選ばなければライムが死ぬ危険性がある。
その選択肢を先読みしたブロッグは、視線をカタリナからエリスに移し足先を変えた。
しかしカタリナは踵を返しライムに向かって走った。ライムの後ろにはブロッグ2が立っているのに構わない。
「はぁあぁ、早くしないと死ぬっ」
エリスに向かうブロッグは足が止まった。棒から伸びた枝がブロッグの足を絡みとる事に成功!ブロッグは枝に挟まれ動きを封じられる!
もう一匹のブロッグ2に気づいたアッキーは落ちていた石を拾ってブロッグ2に投げつけた。ブロッグ2はそれを手で受けアッキーの方を一度見た。余裕なのか単純なのか倒れたライムの横で立っている。
さらに、もう一匹の中央の岩を守る新たなブロッグ3が出現、情報不足に対応が遅れたエリスだったが魔術は唱え終わっていた。
地を伝い這い出るグロートゥリーの枝、ブロッグ3を枝が絡みとる。エリスはグロートゥリーずくめのオンパレード!
「ピシッ!」
雨とアシッドレインの中、栄養を十分に与えられた枝はブロッグ1とブロッグ3を絡みとったまま太さを倍増させた。その成長力は岩をも砕くほど、ブロッグの体を突き破り内部にまで枝は入り込んでいった。
「ガキィン!」
アッキーの斧がライムの近くで鳴り響いた。これはブロッグ3に攻撃した瞬間の事、打撃は有効だ。頑丈な岩肌に割れ目が出来た。
「まだ」
カタリナが弱音を吐く。
「ゴキブリ並みね」
「原因は雨よ!」
エリスが言う。
「ガキン!ガキーン!ガッ!」
「ライムを助ける"」
アッキーが叫ぶ。エリスは何を言っているのか聞き取った。
「ライム!」
「うぉおおっ!」
「ガキィーーーーン!」
アッキーは体を揺さぶり攻撃を繰り出す。エリスに感化されたのか本物の戦士並みに勇ましく力強い。
「吹け、北風を我が胸に!」
「ヘッドウィンド!!」
エリスは風魔術を唱えた。風と雨がブロッグ3の顔に当たる、さらにアッキーの攻撃を加勢した。水で視界を奪われたブロッグ2はアッキーの斧の振り落としが直撃!顔にヒビが入った。さらに裂目は広がり崩れていった。顔のないブロッグ2は地面に倒れ時間と共に消えていった。
カタリナは急いでライムの頭に手をあて回復魔術を唱えた。
「ヒーリング!!」
「うっ、ううぅぅ・・」
「よかった、間に合って」
カタリナは胸をなでおろした、駆けてきたモニカとエリスは覗き込むようにライムを見る。
ライムが目を開けると、
「やったあ!」
カタリナが喜んでいる、目から水が滴り落ちるがこれは本当の涙。
気がつくと、いつの間にか雨が止んでいた。エリスの水魔術も止まっていた。
ライムの回復とアッキーの活躍にモニカは跳び上がり喜んだ。エリスはアッキーの方まで歩いていき腕を叩く。
「助かったわ、ライムも」
アッキーはエリスに頭を下げるだけで精一杯、地面に座った。
――――少し話す。
雨で濡れた服の水を絞り出して洞窟の前に皆が一列に揃う。ここはブロッグのいた場所なのでエリス以外は不安な顔をした、またブロッグがいるか心配なのだ。
「みんな顔が強張ってるぞ」
「もう全て力出し切っちゃったから顔はしらなーい」
「僕も」
「私も」
俺を助けるために底力を出して戦ってくれたらしい。出会いはゲームなのに感謝したいと思う。
「次は気を付けて」
エリスはムカッとした顔で言った。
「俺か?」
エリスが頷く。
「悪かった」
こっちは挟み撃ちという卑怯な手を使った。しかし敵はそれより卑怯な手を使った、想定していなかった俺が悪い。
エリスは洞窟の内部を調べる。洞窟と呼ぶには不適当かも、単なる岩に穴が空いた場所だからだ。
「間違いない、円にペンタグラムの文字が描かれている。これに乗れば三階層につくはずよ」
これ、俺たちのフォーメーションと同じで位置した頂点を結ぶとペンタグラムの形になるな。
「おっと、置いて行かないでくれ!」
皆が穴に入って行くので俺は急いで追いかけていった。
「準備はいい?」
「オッケー!」
「ねえ、これって風でローブがめくれたりしない?」
「ないと思うけど、保証はできない」
ならと女三人はローブの下の方を縛った。
「これで大丈夫!」
準備万端なのはいいが、そういうのはハプニングとして起こるから面白いんだぞ。そう言えず我慢した。もう前へ行けとか、近くに来ないでーはきついからな。
円陣が光る。その光と共に岩の天井が消える、俺たちは上空へ上っていった。
「うわあ~、すごい。体が浮いているぞ」
空中に体が浮いている、しかも何の負荷もなく上へあがる。
「僕、高い所は苦手」
アッキーが腰をぬかしてしゃがみ込んでしまった、お前戦士じゃーなかったっけ。上空の風に体が揺れ俺も足が震えたけど。
「ねえ、大丈夫かな?」
モニカさんが怖気づきエリスに尋ねる。
俺も知りたい。急に浮かぶ力が失い地上へ落下しないか不安になった。
「もちろん」
女三人のローブが風に靡く。旗のようにパタッパタッと行き場なく風が入り乱れる音が聞こえる。モニカさんとカタリナは肌を寄せ合った、こうすれば風が来ても捲れない発想らしい。
無駄な抵抗をしないで風の成すがままにローブを委ねようじゃないか。
俺は自然体だ、リーダを見習いなさいと一人で優雅に佇んで見せた。
「バサッ!」
「うわぁ!」
マントで顔が覆われてしまった。しかもねじりありで。
エリスの方からローブがパタパタと靡く音が聞こえる。
パタパタ音だ!
ローブが俺みたいにめくれるんじゃないか?
マ、マントが邪魔で見えない。この捩じれはどう解けばいいんだ!?くそっ。
「誰か前が見えないからとってくれ!暗いのいや!」
俺は落ちると危ないので体を動かさず風が止むまで手だけ動かし頑張った。
気がつくと風が止んでいた。
顔を覆い捩れたマントは、あっさりと解け、俺は草が生い茂る場所に立っている。そして皆は既に移動を始めていた。
「アッキー!」
いたいた。こちらを少し見た。
アッキーの側によると顔を真っ赤して目をキョロキョロし森を見ていた。もしかしてローブがめくれたんじゃないか?
それとも俺の顔か?俺が睨みつけてしまったからか、アッキーは俺の目を見なかった。
アマガエル(緑)は可愛いですよね。茶色いカエルはたくさん種類がいます。それぞれ泣き声が面白いんですよ。一度聞いてみて下さい。ちなみに茶色い蛙がこのフロアボスの原型です。




