第6話 終わりの始まり
――校舎裏の湿った土の匂いと、コンクリートの冷気が混ざり合う空間で、向かい合う詩織の唇が揺れる。
「好きです。私と付き合ってください」
二千一回目の告白。その声を聞いた瞬間、前回限界を迎えて突破した記憶の記憶――何度も殺され、何度も胸を踏み砕かれてきた膨大な惨劇の記憶が、濁流となって大地を飲み込んだ。
全身を焼き尽くすほどの恐怖と疲労。しかし、大地は倒れることも逃げることもせず、荒い息を吐きながら詩織の瞳をじっと見つめ返した。
詩織の胸の奥で、小さく過去の記憶が蘇る。
彼女が大地を好きになったのは、高一の雨の日だった。
雨が降りしきる放課後、傘を忘れて校庭を眺めていた詩織に、大地は何の気取りもなく自分の傘を押し付け、「俺は走って帰るから」と笑って濡れながら去っていった。ただそれだけの出来事。けれど、他人に壁を作り続けてきた詩織の孤独な世界に、彼のその優しさはあまりにも眩しく、激しく刺さったのだ。
彼を誰にも渡したくない。私だけのものにしたい。
そのあまりに純粋で歪んだ執着が、死すら巻き戻す終わりのない地獄を生み出していた。
記憶を取り戻した大地は、震える口元をなんとか動かし、掠れた声で返答を紡ぎ出した。逃げることも拒絶することも諦め、この永遠の苦痛から逃れる唯一の賭けに出る。
「……いいよ。藤堂さん……付き合おう」
詩織の瞳が大きく見開かれた。二千回以上の惨劇を経て、初めて返ってきた「真実の記憶を持った上での承諾」の言葉。彼女の瞳に溜まっていた暗闇が、一瞬にして感涙と狂喜の色に染まっていく。
「本当……? 本当に、私を選んでくれたの……? うれしい、うれしいよ春原くん……!」
詩織はぽろぽろと涙をこぼしながら、愛おしそうに大地へ抱きついてきた。
大地は心底から安堵した。これで終わる。あの惨劇も、終わらない疲労も、すべてから解放されて新しい日々が始まるのだと。
その安堵の直後、大地の背中に冷たく鋭い感覚が刺さった。
「がっ……!?」
痛みを認識する間もなく、刃は深く胸の奥へと滑り込んでいた。
「どう……して……」
口から血を吐き出しながら崩れ落ちる大地を、詩織はうっとりとした瞳で見下ろしている。
「だって、約束してくれたんだもの。付き合ってくれるなら、これ以上春原くんを『巻き戻す』必要なんてないじゃない」
詩織はうつ伏せに倒れた大地の身体の横にゆっくりと立ち上がり、抱きしめるように刺した背中のナイフの柄の上に右足を乗せた。そして、弾むような足取りで全体重をかけていく。




