第7話 磨滅した世界の不在
「が、あ、ぁぁ……っ!?」
骨が砕け、肉が踏みにじられる過剰な激痛。身体がガタガタと大きく痙攣する。
「これで春原くんは、永遠に私のもの。もう誰も、あなたを私から奪えない……」
歓喜に頬を紅潮させ、詩織は生唾を飲み込む。それを最後に大地の意識は薄れ、視界は黒一色に染まっていった。
死ぬたびにいつも彼を包み込んでくれた「真っ白な光」は、今回は訪れなかった。
代わりに広がり続けていたのは、二度と目覚めることのない、底なしの「深い闇」だった。
何千回と繰り返され、擦り切れきった大地の存在そのものが、世界から溶けて消えていく。
……。
雨がしとしとと降り始めた。
誰もいない校舎裏で、詩織は泥にまみれたナイフを抱きしめ、空を見上げていた。
『あは……本当に消えちゃった。何千回も殺して、あなたの存在そのものが擦り切れちゃったんだね』
世界を見渡しても、教室へ戻ってみても、もう誰も「春原大地」という名前を覚えていない。
「ねえ、絢太くん。春原くんって知ってる?」と試しに聞いてみても、親友だったはずの絢太は「は? 誰それ。うちの学年にそんな奴いたっけ?」と首をかしげるだけだった。
クラスメイトたちも、最初からそんな人物など存在しなかったかのように笑い合い、日常を過ごしている。大地の席だった場所には、最初から何もなかったかのように予備の机として整然と並べられていた。
『でも、いいの。世界中の誰も春原くんのことを覚えていなくても……私だけは、絶対に忘れないから』
詩織は自分の胸に両手の掌を当てて、目をつむり天を仰ぐ。
『雨の日の優しさも、告白を聞く顔も、胸を踏みつけたときの痙攣も、最後に私を選んでくれた言葉も……全部、私だけのもの』
冷たい雨が彼女の肩を濡らしていく。それでも、詩織の表情には悲壮感など一欠片もなかった。
彼女の口元に、幸福に満ちた笑みが浮かぶ。
『もう二度と、誰にも渡さない。私の中で、永遠に一緒にいようね、春原くん』
雨音だけが静かに響く校庭で、彼女はひとり、愛する者を胸に抱くようにそっと腕を交差させた。(了)
お読みいただきありがとうございます。
「メンヘラ」と「死に戻り」を掛け合わせたらどんなホラーになるのだろう、という思いつきから生まれたのが、今回の作品『体重をかけてもう一度』でした。
作中の彼女がメンヘラ女子になっているかは少し微妙かもしれませんが、かなりのサイコパス感はお届けできたのではないかと思っています。
作品を楽しんでいただけたなら幸いです。
また次回の物語でお会いできることを心より楽しみにしています。




