第5話 二千回目の解答
――校舎裏の湿った土の匂いと、コンクリートの冷気が混ざり合う空間で、向かい合う詩織の唇が揺れる。
「好きです。私と付き合ってください」
その言葉を聞いた瞬間、大地の中で何かが完全に断絶した。
恐怖も、逃亡への欲求も、生きようとする執着すら消え去った。全身を苛む底なしの疲労感だけが残り、ただこの苦痛から解放されたいという諦念が全身を支配する。
「……好きに、してくれ」
大地は静かに目を閉じ、力を抜いてその場に横たわった。抵抗もせず、断りもせず、ただ終わりを受け入れる姿勢。
詩織はしばらく無言で大地を見下ろしていたが、やがて折り重なるように倒れ込み、心臓の位置に構えたナイフが大地の胸へと吸い込まれるように深々と突き刺さっていった。
「一千九百九十九回目。諦めないでよ、春原くん。私を拒絶して、争って、私に殺されてよ。そうじゃないと……私、あなたを殺す理由すらなくなっちゃうじゃない」
起き上がった詩織は大地の胸に深々と突き刺さったナイフの柄をさらに踏みつける。
激痛に身体がガタガタと痙攣を起こしながらも、大地の心は恐ろしいほど静かだった。ただこの白光の向こう側に、永遠の眠りがあることだけを祈っていた。
そして――。
「好きです。私と付き合ってください」
雨が降り始める直前の重たい空気。
詩織にとって幾度となく繰り返されてきた言葉。
その言葉を聞いた瞬間、積み重なった試行の酷使と幾度もの死の衝撃が臨界点を突破し、大地の脳内で弾けた。
胸の疼き。異常な疲疲労。既視感。そして――詩織の足元で砕ける自分の骨の音。
(あ……あぁ、そうか。俺は、何度も――)
記憶の封印に亀裂が入り、消え去っていたはずの「死の瞬間」の断片が、濁流となって脳内に流れ込んでくる。刺される痛み。踏みつけられる重み。彼女の冷酷な独白。
自分が何百何千と殺され、そのたびに記憶を奪われてこの時間に引き戻されていたという恐ろしい真相に、大地はついに辿り着いた。
「春原くん……? どうしたの?」
詩織が首をかしげる。
大地はがくがくと震える手で自分の胸を触り、それから目の前の少女を凄絶な目で見つめ返した。
「藤堂……お前、俺を……何回……」
その言葉を聞いた瞬間、詩織の瞳に狂気と歓喜が混ざり合った、歪んだ光が灯った。
「あは……すごい、すごいよ春原くん! ついに気づいてくれたんだね! 二千回目にして、やっと私の積み重ねた時間を感じ取ってくれたんだ!」
彼女は感極まったように叫び、制服のポケットから慣れた手つきでナイフを取り出した。
「二千回目の記念日だね! 記憶が戻ったあなたを殺すのは、これが初めて! 一体どんな音が鳴るんだろうね!?」
逃げる間もなく、刃が胸の真ん中に突き立てられた。
これまでとは違う、真相を知った上での絶望的な激痛。倒れ込んだ大地の上に、詩織は弾むような足取りで立ち上がり、ナイフの柄へ思い切り右足を乗せて全体重をかけて跳ねた。
「ああっ、最高……! 痙攣してる、春原くんが私のせいで痙攣してる……!」
深く、深く、骨を砕きながら浸入していく刃。
記憶を取り戻した大地は、過剰な激痛と途方もない絶望に苛まれながら、ガタガタと大きく身体を跳ねさせた。
視界が黒く染まっていく中で、詩織の喜びに満ちた声が響いていた。
「またすぐ会おうね、春原くん。次は二千一回目だよ――」




