第4話 偽りの承諾と破滅の破片
――校舎裏の湿った土の匂いと、コンクリートの冷気が混ざり合う空間で、向かい合う詩織の唇が揺れる。
「好きです。私と付き合ってください」
心臓を突き刺すような圧迫感と、喉を灼くほどの恐怖が全身を震え上がらせる。
理由はわからないが、ここで「拒絶」を選べば取り返しのつかない何かが起きる。直感的にそう理解した大地は、震える声で言葉を振り絞った。
「あ……ああ。よろしく、お願いします……」
自分でも驚くほど引きつった返答だった。これでこの理由の分からない恐怖を振り払えるのか、という淡い安堵が胸をかすめた瞬間、詩織の表情から一切の温度が消えた。
「嘘」
冷ややかな一言だった。
「春原くんの瞳、恐怖しか映っていないもの。好きだから付き合うんじゃない。怖くて逃げたかっただけ。そんなの……私の欲しい『付き合う』じゃないよ」
ポケットから滑り出たナイフが、迷いなく大地の胸骨を貫く。
悲鳴を上げる間もなく倒れ込んだ大地の胸の上で、彼女は右足を柄の上に置いた。氷点下で凍りついた水たまりを踏みしだくように、ただ一点に向けて何度も体重を傾けていく。
「一千四百二十二回目。嘘をついてまで私から逃げようとするなんて……本当に意地悪だね」
肉が爆ぜる激痛と、全身を跳ね上がる痙攣の中、大地の意識は再び白濁していった――。
――校舎裏の湿った土の匂いと、コンクリートの冷気が混ざり合う空間で、向かい合う詩織の唇が揺れる。
「好きです。私と付き合ってください」
なぜこんなにも疲れているのか。なぜ目の前のクラスメートがこれほどまでに恐ろしいのか。理由を探る思考すら摩耗し、ただ彼女の望む存在になりたいという異常な平穏だけが脳を満たしていく。
「……いいよ、藤堂さん。僕でよければ、ずっと一緒にいよう」
心からの言葉だった。恐怖を通り越し、彼女という存在そのものに自分をすべて捧げても構わないという、一種の狂気に似た感情。
詩織は目を見開き、一瞬だけ少女らしい歓喜に頬を染めた。
次の瞬間、彼女はぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、悲しそうに首を振った。
「ううん……違うの、春原くん。今の春原くんは、私が殺しすぎて魂が摩耗しちゃっただけの壊れ物。私が好きになった、まっすぐで優しい春原くんじゃないの」
詩織の手が動く。冷たい刃が胸を穿ち、大地は苦痛に顔を歪める気力すらなく地面に倒れた。
「一千五百回目。魂に恐怖耐性をつけさせちゃってごめんなさい。でも、壊れたあなたじゃ意味がないの。だから……もう一度やり直すね」
ナイフの柄の上に乗せられた右足に体重がかけられ、刃が胸に深く沈み込む。
肉体が激しく跳ね起きるような痙攣を起こしながら、大地は彼女の涙ぐむ顔を最後に視界に焼き付けた。
拒絶しても殺される。逃げても殺される。嘘の承諾でも殺される。壊れて受け入れても殺される。
八方塞がりの地獄の中で、大地の心と存在は、目に見えない砂時計のようにひとすじずつ削り取られていっていた。




