第3話 無限に繰り返す足音
――雨が降り始める直前の、あの重たい空気の中に放り込まれたかのような嫌な予感を覚えた。
放課後の校舎裏で、向かい合う詩織の唇が揺れる。
「好きです。私と付き合ってください」
何かがおかしい。
激しい目眩と、骨の髄まで染みついた異常な疲労感が全身を襲う。心臓が壊れた時計のようにうるさく警鐘を鳴らしている。胸の真ん中が、まるで以前大きく引き裂かれたかのように冷たく熱く疼いていた。
だが、なぜ自分がこんなにも疲れているのか、なぜ目の前にいるクラスメイトの詩織に対して酷い恐怖を覚えるのか、理由が全くわからない。
大地はただ、説明のつかない強い恐怖と違和感に打ち震えながら立ち尽くしている。全身から嫌な汗が噴き出し、膝ががくがくと震えた。
目の前の詩織は、少しだけ哀しそうな笑みを浮かべて、返事を待っている――。
――校舎裏の湿った土の匂いと、コンクリートの冷気が混ざり合う空間で、向かい合う詩織の唇が揺れる。
「好きです。私と付き合ってください」
全身の細胞が一斉に「今すぐここから逃げろ」と絶叫していた。
理由なんてわからない。ただ、彼女の返答を待つ瞳の奥に、触れてはならない絶対的な死の影を見た気がしたのだ。
「……ごめん!」
大地は返事をすることすら放棄し、詩織に背を向けて死に物狂いで走り出した。
湿った校庭を蹴り、校舎の角を曲がろうとしたその瞬間――。
どす、と背中に強烈な衝撃が走った。
「がはっ……!?」
前傾姿勢のまま地面に転がり込む。背中の中心、心臓の裏側に刃が生えたような感覚。激痛で指一本動かせない大地の上に、追いついた詩織が静かに跨がった。
「逃げるなんて酷いよ、春原くん。これで一千四百二十一回目。私の告白を一度も最後まで聞かずに背を向けたのは、これが初めて」
彼女は背中に突き刺さったナイフの柄にゆっくりと右足を乗せ、跳び箱を跳ぶようにふわりと全体重をかけた。
ぐちゅり、と背骨が砕け、肉が押し潰されるおぞましい音が鼓膜を揺らす。視界が急速に色を失い、全身を襲う猛烈な痙攣の果てに、白い光がすべてを塗りつぶしていった――。
幾度目かの『朝』。あるいは数百回目かの『昼下がり』。
大地は校舎の屋上に逃げ込んだこともあった。教室に引きこもり、絢太たちと一緒に下校しようとしたこともあった。警官に泣きつこうとしたことすらあった。
どの選択を選んでも、結末は変わらない。
絢太と一緒に帰ろうとすれば、絢太が巻き込まれそうになり、それを庇った大地が路地裏で刺された。警察に通報しようと電話をかけた瞬間、背後から現れた詩織に首筋を切り裂かれた。放課後前、誰よりも早く学校を飛び出して電車に乗った時でさえ、無人のホームの影から彼女は現れた。
「どこへ行くの、春原くん? 私の愛から逃げられる場所なんて、この世界のどこにもないんだよ」
刺され、倒れ、胸に刺さったナイフの柄に右足を乗せて、重みをかけられる。
そのたびに、大地は肉体が崩壊していく過剰な苦痛の中で意識を失い、再び疲労困憊の朝へと引き戻されるのだった。




