釣り竿が落ちるのは釣り竿じゃなくて使う人のせいです
私が地球での甘酸っぱい思い出に浸っている間にも、アビリスターでの時間は刻一刻と動いていた。
「――っと、サイスプリムさん! 浮きが沈んでますよ!」
「えっ!?」
ロンミさんの焦った叫び声で、ハッと我に返った。
視線を落とすと、手元の釣竿がグググッと強い力で水面へと引き込まれている。だが、これでも私は一応地球にいたころの武術などで一応鍛えている身だ。腕にぐっと力を込め、落ち着いて竿を持ち上げると、そこまで苦労することもなく獲物を引き上げることができた。
バシャッと音を立てて躍り出たのは、地球の湖では見たこともないような、鮮やかでカラフルな鱗を持つ魚だった。
「ふぅ……よしっ!」
周りを見渡すと、指導係だったピラーセル君とラツミネさんの二人。
この二人は一通り私たちに教え終わった後、目にも留まらない手早さで大物を連続で釣り上げ、すでにバケツを溢れんばかりに満たしていた。今はもう「釣るべきものは一通り釣り上げた」と言わんばかりに、のんびりと午後の湖畔の時間を楽しんでいる雰囲気だ。二人共美男美女なので紅茶やコーヒー飲む姿はとても絵になる。
そして、初心者のロンミ君もまた、好奇心旺盛かつ素直な性格が功を奏したらしい。
「あ……! ラツミネちゃん、竿の先がクイッと引き込まれたよ!?」
「焦らないで、ロンミ君。今、魚が針を咥えて走ったわ……はい、今よ!」
普段はインドア派っぽいけれど、手先はわりと器用そうなタイプらしいロンミ君。
「釣れた! 僕にも釣れたよ!」
純粋な子供のように目を輝かせて、釣れた銀色の魚をラツミネさんに見せている。
「すごいわ、ロンミ君! 初めてでこんな綺麗なお魚を釣るなんて……‼︎」
どこかの誰かとは違い、素直にアドバイスを受け入れたロンミ君は、短時間で確実に釣りの感覚を体得していた。
――問題は、もう一人の「教わる人」である「どこかの誰か」だ。
「……ふっ、やり方は大体理解したぞ。普段はコウレとミンネがうるさいから控えているが、私自身はこの池の主を釣り上げるに相応しい器なのだ!」
腕組みをし、「全てを悟った」と言わんばかりの深遠な表情でフフンと頷いているアギちゃん。
「おお、やる気に満ち溢れてるね」
「意外と彼女も、やればできる子なのでは……?」
私やロンミさんは純粋に感心していたけれど、プロ級の知覚を持つピラーセル君とラツミネさんの目は誤魔化せない。
「……いや、絶対。分かってないでしょ、あの人」
「そうですね」
二人がボソッと漏らした冷ややかな予想は、数秒後に当然の如く現実となる。
「ぬおっ……うわわわっ!?」
スポッ――!!
「あ……」
運動音痴のアギちゃんには、大人の本格的な釣竿の重さすら支えきれなかったらしい。竿の重みに引っ張られるようにして、釣竿そのものがポチャンと勢いよく池に落ちた。
「……予想通り落としたな」
「くっ、なんだこの竿は! 重すぎるぞ、別の奴にしろ!」
「女性向けの比較的軽いものなんだけど……」
「彼女は、キッズ向けの玩具のような竿を使った方がいいのかもしれないな」
「それもそうですね」
ピラーセル君の提案に、ラツミネさんも深く頷いて賛成する。
ピラーセル君は、今回の向こうのBチームであるコウレ君とミンネさんから「こういう事態に備えて」と託されていたキッズ向けの小ぶりな釣竿を取り出し、アギちゃんに押し付けた。
「なっ……! 私をバカにするな! なんだこの小さな玩具のような竿は! これに似合うような小さな獲物を釣れとでもいうのか!? お前たち、私を誰だと思っているのだ! こんなもの、簡単すぎるわ!」
ここにロル君がいたら『そりゃあワガママで学校をサボり倒してる、創作の才能だけのクズ女だろ』とでも即答しただろう。
だが、そんな想像をしてる間に――アギちゃんの身体はあっけなくバランスを崩した。
ポチャン――。
キッズ用の軽い竿すら手から滑り落ち、引き込まれるように湖の中へ消えていく。
「どこがどう簡単なの……?」
私も思わず、心の底から呆れた声が出てしまう。
その後も、予備の小さな釣竿を次々とアギちゃん渡してみたが、彼女はコントのように何度も何度も手から滑り落としていった。コウレ君とミンネさんは、アギちゃんの身体能力の圧倒的な低さと、それに反比例する自己評価の高さ(プライド)を熟知している。だからこそ釣竿の予備を大量に持たせていたわけだが、アギちゃんはそんな準備すら軽々と粉砕していく。
「……私にこんな小さな竿を使わせるのがおかしいのだ! もっと大きいやつを持ってこい!」
「わ、わかったわ……」
折れたラツミネさんが大きめの竿を渡すと、その大きい竿すら当然のように即座に手から離れ、プカプカと湖の沖合へ虚しく流されていった。流石のアギちゃんも、自分の不甲斐なさに少し凹んでいるようだ。
「……くっ、分かったぞ。釣り竿というのは非常に融通が利かない生き物なのだ。ならば……こうすれば良い!」




