君の真の愛でどこまでも強くなれるから
目が覚めると、視界はあの世ではなく、見慣れた自分の部屋の天井だった。身体が異様に重い。全身が激しい倦怠感に包まれており、額には冷たい手拭いが置かれていた。
(……あ、あれ……? 私、屋敷から飛び降りて……死んだんじゃ……?)
混乱する頭を動かそうとしたその時、枕元から旦那様とケンの声が聞こえてきた。これで、さっきまでの出来事がすべて夢だったことを確信する。私は咄嗟に目を閉じ、息をひそめて目覚めないふりをした。
「まったく、俺とロンミが話してる最中に過労で倒れるなんてな。姿形だけでなく行動も不気味な帝魔王様だぜ。まあちょうどいいんじゃないか? 意識がないうちに第二夫人の誓約書でも作っちまおうぜ、ロンミ。さっきも言ったろ?」
「――そうか。そうだよね。うん、さっきは言いそびれたけど、僕はひどい勘違いをしてたみたいだよ」
――っ!!
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が激しく跳ね上がった。旦那様の声は無感情だ。
あの地獄のような光景が脳裏をよぎる。悪夢は終わったけれど、私にとってはこれから悪夢のような現実が始まるのだろうか……。
しかし、その後の旦那様の言葉は、まさに寝耳に水なセリフだった。
「ああ、わかったよ。お前の性根がどれだけ腐ってるかということと、こんなクズな男を頼れる相手と思ってた僕が、どれほどのバカかってことがね!」
「……は!?」
驚愕するケンに対し、ロンミさんはベッドの脇から立ち上がり、普段の温厚で穏やかな面影を一切消し去った、殺気すら孕んだ鋭い眼光でケンを睨みつけた。
「僕は言ったはずだよ!! お互いの有力者同士が政治的に決めたものだとしても、彼女と結婚できて心の底から良かったと思ってるんだ。僕は王配という仕事のために彼女を好きになろうとしてるんじゃない。一人の女性としての彼女自身を、心から愛しているんだ!!」
その声と表情には、一切の迷いも、手加減も、政治的な打算すら存在しないのがはっきりと分かった。
「あの美しい赤い瞳と髪にとても惹かれるし、可憐で、大好きだ! 嫌々なのに、帝魔王としての仕事も過労で倒れるくらい頑張る健気な性格も含めて、尊いと思ってる!」
……私の髪や瞳を、そんな風に思ってくれていたんだ。それに、『愛してる』『大好き』『尊い』という言葉が、すごく嬉しい。さっきの悪夢がどんどん浄化されていくのを感じる。それどころか、今まで生きてきて一度も味わったことのないような愛おしさと心地よさが胸に満ちていく。
「ど、どういうつもりだよ? ってか、何を考えてるんだよ、ロンミ……」
「どういうつもりで、何を考えてるんだかは、君の方だ!『早く第二、第三の妻を迎え入れろ』?『君の妹なら身体も性格も楽しめる』? ふざけるな!! そんな言葉の方がよっぽど下品で気色悪いよ! 不愉快だ!」
彼のあまりの気迫に、さすがのケンも完全に圧倒されている。
「僕は生涯、ラツミネさんのことしか愛さない! 彼女が帝魔王でなくなっても、数時間後に死んでしまっても、彼女を守るために僕の命がなくなろうが……仮に彼女が僕に振り向いてくれなくたって、僕はラツミネさんだけをこの世界で唯一愛してるんだ!!」
私の心は、嬉しさの頂点を極めていく。彼の愛情の深さに、胸が締め付けられるほど感動していた。
「ラツミネさん以外の女性とキスしたり、ハグしたり、さらには身体の関係まで持ってその結晶まで作るなんて、考えただけでも吐き気がするくらいだよ! 君が今まで僕と仲良くしてくれていたのは、僕との友情やアビリスターの人間としての使命感からだなんて考えてた僕は、とんだバカだったよ! 頭の中では己の出世と金しか考えていない、とんだ下劣で低俗な卑劣漢だ!!」
純粋で優しく、ただ私のことを心の底から愛してくれる彼。それなのに信じ切ることができず、彼が他の女の子の元に行く悪夢まで見てしまった私は、感動を通り越して、純粋な嬉し泣きと自分の愚かさへの申し訳なさで涙を堪えるのに必死だった。
「わ、悪かったよ。単なる冗談だって、アハハハ……」
「冗談には聞こえなかったし、一億歩譲って仮にそうだとしたって、一ミリも笑えないね。首を跳ね飛ばされたくなかったら、二度と僕の前に現れるな!」
ケンは捨て台詞すら吐けずに部屋を飛び出し、重々しいドアの音が響いて部屋に静寂が訪れた。
入れ替わるように、側近のラユキが静かに部屋に入ってきた。
「……さっきの会話、しっかり聞かせていただきましたけれど。熱弁されるのは結構ですが、そうでしたら親族を増やす義務はどうされるおつもりなんですか、王配殿下?」
こういう時だけ「王配殿下」と呼ぶラユキ。あの子の皮肉混じりな問いかけに対しても、旦那様は全く怯むことなく、晴れやかな笑顔で答えた。
「お姉ちゃんかマスブレ殿の親族を養子にでも貰えばいいさ」
「……正直、私が知る限り貴方のような王配は初めてですわ。それだけが『役得』だという方も歴代多いというのに」
ラユキはいつも通りの呆れ顔を浮かべつつも、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
――あのはじき出された悲惨な日々も。
第二夫人たちと肌を重ねるロンミさんの冷酷な姿も。
最上階から身を投げたあの絶望も。
全部、不眠不休の疲労と恐怖の中で私が見た、ただの『悪夢』だったのだ。
ありがとう、ロンミさん。
これでようやく、自分の中にある旦那様に抱く感情の正体に気づくことができた。
溢れんばかりのこの愛しい気持ちを、今すぐあなたに伝えたい――。




