そこに愛があるのかないのか
政略結婚したその日の夜、つまり初夜で告げられた唐突なロンミさんからの告白。
「っ……!?」
「は、あの顔合わせの瞬間、君のことが大好きになってしまったんです。言葉にできないくらい可愛くて、綺麗で……胸が痛くなるくらい一目惚れしてしまったんです。あの日から今日の今まで、君が頭から離れたことはありません……僕にとってラツミネさんは、間違いなく運命の人なんです!」
必死な様子で、胸の内の熱い情熱と愛をぶつけてくるロンミさん。
真っ赤な顔をして一生懸命に自分の気持ちを伝えてくる彼の姿に、私の胸の奥で、カチリと何かが音を立てて弾けた。
(……この人、本当に私のことが……?)
「……ロンミさん」
「は、はいっ!?」
「……ありがとうございます。でも、そんなに緊張して立っていたら、身体が持ちませんよ?」
私は気を抜いてもらうためにあえてくすくすと笑うと、ロンミさんはほっと胸を撫で下ろし、その夜は本当に私の手すら握らず、ベッドの端っこで小さくなってぐっすりと眠りについたのだった。
それから1ヶ月近くが経ったが、あの夜の誓い通り、彼は自分から身体を求めるようなことは一切してこない。ロンミさん――いえ、旦那様の暮らしぶりは、周囲の期待を良い意味で大きく裏切るものだった。
「旦那様の今日の講習はどうだったかしら」
「……私がもう教えることは何もありませんよ。大変不本意ですが。」
私が話しかけた相手は、ブンロク・ラユキ。私が帝魔王になる前に仕えていたゲンソクトウの有名魔法師家系の令嬢だ。その縁で現在は私の側近兼、ロンミさんの「王配としてのマナー講師」を務めてくれている。
「……そもそも、まだ彼から身体を求められたことすら無いって、本当なんですか……?」
ジト目で尋ねてくる彼女は、何を隠そう、私とロンミさんの政略結婚反対派の中心人物の一人だった。
「ええ、本当よ」
「っ……!」
そう答えた瞬間、私は彼女にガシッと腕を掴まれ、物陰へと連れ込まれた。
「……お姉様! 正直に話してください! あの野蛮人に、私にすら言えないような恐ろしいいかがわしい行為を強要されているのでは!? あるいは、いかがわしい写真で脅迫でもされているのですか!?もしそうなら私があの男の異母弟だというステップ9共々八つ裂きにしてご覧にいれましょう!」
「……これがいかがわしい行為を強要されたり、脅迫されたりしている人の顔に見えるのかしら?」
「……不服ですが、幸せそうにしか見えませんわね。」
悔しそうに歯噛みするラユキ。噂をすれば影で、当の本人も書類を抱えてこちらへ歩いてきていた。
「あっ、ラユキちゃん。ちょうど良かった。この議決案の議題だけど、僕なりにこうやってまとめてみたんだけど……」
「……どれどれ。……っ、文句などございませんので、好きにしてくださいませ」
ラユキは不本意そうな顔を隠そうともせず、それでも彼の完璧な仕事ぶりに反論できず書類を突き返した。
「良かった、ありがとう。ふぅ、これでようやく休憩できるよ。そっちの席、同席してもいいでしょうか?」
「ご自由にどうぞ」
当然、旦那様だって当初はアビリスターとも彼の母星とも異なるゲンソクトウの文化や習慣、その他諸々に戸惑っていた。けれど彼はもともと、自分の能力を実用的に使いこなすこと以外なら、大体のことは何でも器用にこなせるタイプらしく、王配としての仕事もすぐに卒なくこなせるようになった。議決や事務処理に至っては、すでに周囲の官僚顔負けの精度である。
旦那様は仕事ができるだけでなく、コミュ力も高く、根本的な性格が良い。人々を思いやり慈しみ、いつも穏やかな笑顔と温もりを振りまいているため、私と旦那様の政略結婚に猛反対していた者も含め、ゲンソクトウの関係者たちとどんどん距離を縮めている。
そこはさすがのラユキにとっても認めざるを得ない部分らしい。少し世間知らずだったり、アビリスターの基準からみてもそうだとわかるほど感性がズレていたりするところも無いわけじゃないけれど、それすらも彼の大きな魅力と言えた。
「じゃあ、もうそろそろお屋敷に帰ろうか、ラツミネさん」
「ええ」
ふとした瞬間に思う。もし私が「帝魔王」という肩書を持っていなかったら、きっと私なんかじゃ釣り合わないんじゃないかと思えるほど、彼は魅力的で素敵な人だ。
――けれど。
自分の中に、彼に対する『好き』という感情があるのかと問われれば、それは全く別の問題だった。
私はこれまでの人生で『恋』なんてしたことがないし、恋愛もののカルチャーに親しんできたわけでもない。胸の中で渦巻くこの温かい気持ちが「恋愛感情」なのかどうか、自分自身でさえ全く分からないのが本音だった。
(私は、旦那様を異性として『好き』なのかしら……? それとも、急に過酷な立場に放り込まれて、優しくしてくれる彼に単に『依存』しているだけなのかな……?)
答えの出るはずもない自問自答を、心の中でずっと、ずっと繰り返す。
そんな時は、お気に入りの音楽に耳を傾けて気を紛らわせるのが、ここ最近の私のすっかり熟練した習慣になっていたのだった---




