初夜で告白するのに1話使う
今夜は結婚式後、初の夫婦2人の夜。私は布団に潜り込み、息を潜めて待ち続ける私の耳に、カチャリと静かにドアノブが回る音が響いた。
入ってきたのは、私とお揃いの白装束の部屋着に身を包んだロンミさんだった。
彼は部屋の入り口で足を止めると、まるで凶悪な罠でも仕掛けられているかのように、慎重に、そしておそるおそる部屋の中を見回した。正直いって、こういう警戒は女である私がやるべきことではないのだろうか。そしてベッドの上の私と目が合った――その瞬間、彼の顔は一瞬で耳の裏まで真っ赤に染まった。
(あ、やっぱり目を合わせてくれない……)
少し間が空いた後で軽く深呼吸し、ギコチナイ動きでベッドの脇まで歩み寄ってきた。
そして、深々と頭を下げたのだ。
「ごめんなさい……」
私が寝ている布団の隣にあるそれを脚に被せた彼が、最初に口にしたのはそんな謝罪の言葉だった。てっきりこれから行われる営みのために自分の気分が乗るのを待っていたのかと思っていたので、私の頭の中はハテナマークでいっぱいになってしまう。
「なぜ、なぜ謝るのですか?」
あまりにも言葉の意図が読めないので、反射的に質問してしまう。なぜかなんだか、今にも泣き出してしまいそうな表情だ。
「誓いのキスをする時に、ラツミネさんは微かに震えていた。僕だってどうせ自分と君が犠牲になるならそれでいいと思ってたけど、今日君と挙式して、やはり君の青春を壊してしまったのは変わらないってことに気づいたんだ。いくら謝っても許される事じゃないとわかってるけど……本当に、本当にごめんなさい……」
なるほど。客観的に自分の現状を聞かされると、改めて自分の哀れさを自覚してしまうけれど、それを旦那様に言われる驚きの方が大きい。うっすらと涙まで浮かべているのを見ると、こっちが心配になってくる。おいおい、何も泣かなくても……。
「……僕もこんな形での和平を望んでいたわけじゃない。この政略結婚の話を持ち出された時点で、自分がステップ9の親族ということを自覚し妙な使命感が湧いた……いや、それも言い訳です。結局、断ることから逃げ続けていただけなんだと……」
そういえば彼とミンネも、知り合いの研究者などを通して「自分がステップ9の親族だ」と数ヶ月前に知らされたばかりだった。それを考えると、中学生までごく普通以下の暮らしだったのに急に帝魔王に擁立された私と同じだ。なんだか急に親近感が湧いてくる。同じ痛みを知る者同士として、ミンネやロルくらいには仲良くできるかもしれない。
「……多少は気が楽になりました。そんなに気に病まないで、こんな形式的な儀式、さっさと済ませてしまおうじゃないですか」
「……僕からラツミネさんに、身体を求めるようなことは絶対にしません」
「……え?」
信じられない一言。まったく意味がわからない。
結婚した2人が初めての寝室で何をやるかなんて、人類の常識だ。お互いの感情や意志がどうあれ、形式的に身体を重ねて「夫婦」の形をなす儀式。身籠って、跡継ぎを残すという意味では、最も大切な儀式だというのに、それをやらなくていい、「絶対に求めない」と宣言するなんて、彼は何を考えているんだ?
「僕から手を出すなんて絶対にしません。ああいう行為は本来、ちゃんと真っ当に愛し合った2人でするべきであって、いくら子供を作るためでも軽々しくやるべきことじゃないと思うんです。
もし君が本当に僕を受け入れてくれて、『いいよ』と言ってくれる日が来るまで……ううん、もしそんな日が永久に来なかったとしても、僕から君を強いるような真似は絶対にしません。君の気持ちが何よりも一番大切なんですから」
真っ直ぐな瞳で真剣にそう語るロンミさんを見て、私の頭の中はさらに混乱した。
腐ってもアビリスター最強の能力者の兄なのに、こんなにも純粋な理念を貫こうとしているだなんて……。ステップ9の兄という星の下に生まれなければ、本当に心の底から愛した女性を妻として迎え、平凡ながらも温かい家庭を築いていたのだろう。
けれど――。
「……そう言っていただけるのは有難いですけれど」
私はうつむきながら、自嘲気味に小さくため息をついた。
「でも、やっぱりロンミさんにとっても、私との結婚は不本意なのでしょう? 急に知らないお飾りの帝魔王の夫にさせられて、こんな責任を押し付けられて……本当は、私なんかと結婚したくなかったんじゃないですか?」
私という存在が彼の人生を狂わせてしまったのだという申し訳なさと、どうせ私なんて誰かの身代わりか政略結婚の道具に過ぎないのだという諦めが、口をついて出てしまった。
すると、ロンミさんは目を見開き、慌てた様子で私の手元へと身を乗り出してきた。
「決してそんなことは絶対にないです……!」
その大声に驚いて顔を上げると、ロンミさんの顔は、先ほどまでの申し訳なさそうな表情から一変して、リンゴのように真っ赤に染まっていた。
「だって僕は……」
彼は恥ずかしさに全身を震わせながらも、決して目を逸らさずに、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「僕は、君のことが好きです……!」




