ラツミネ「魔法師の星の君主になっただけなのに」
「今日から貴女が現帝魔王ですよ。よろしいですね?」
「……はい」
私の名前はセノースクション・ラツミネ。超能力の惑星と隣接する魔術師の巨大組合『ゲンソクトウ』の若き君主・帝魔王。……とは言っても、私自身にはまったくその実感がない。
私自身、14歳頃まではごく普通の暮らしを送っていたのだ。けれどある日突然、自分がセノースクション家初代と女系直系で繋がる血筋だからという理由だけで、当時の実力者であるトミネババアに担ぎ出された。
私よりはるかに血筋も魔術も上のはずの候補者は数人いたのだが、だからこそドロドロとした権力闘争の果てに、後出しジャンケンのような形で「一番扱いやすいお飾り」として、当時中学生だった私が担ぎ上げられ、帝魔王になってしまったのである。
「私に婚姻の話を? 正気ですか」
法律上結婚できる16歳になった途端、側近たちから「王配を迎えろ」と言われた。相手はアビリスターの最強能力者・ステップ9の庶兄だという。要は、ゲンソクトウとアビリスターの和議のための、絵に描いたような政略結婚だ。
「アビリスターの能力者って、我々を含めた魔術師から見れば敵であり、未開の野蛮人でしょ?」
「特にステップ9なんて、宇宙でもトップクラスの人格破綻者の集まりとして有名じゃないですか」
「そんな人と結婚して和議なんて……非人道的な人身売買と何が違うんですか?」
まあ、アビリスターの外の世界における彼ら――特に最強ランクであるステップ9の評判なんて、一般的な認識はこんなものだ。当然私の周辺も猛反対したが形だけでもアビリスターとの和議を進めたい推進派が押し切った場合
正直、私だってほんの数年前まではごく普通の女の子だったのだ。一度だけでいいから『本当の恋』への憧れがないと言えば嘘になる。
身分も家柄も一切関係なく、心の底から愛せる誰かと巡り合い、相思相愛になって、一回だけでいいからハグをして、キスをして、体を重ね合ってみる……そんな甘酸っぱい青春の愛を灯火にして、残りの人生を生きていけたらどんなに良かったか。
そんなささやかな幸福すら与えられずに結婚することになるとは。しかもその相手は、とんだ野蛮人の親族ときた。数奇で残酷な運命も、ここまで来るといっそ笑いがこみ上げてきそうだ……。
帝魔王になった時点で覚悟すべきことだったのかもしれない。結婚の話を聞いた日は一晩中泣き続けたけれど、翌朝には涙も乾いてしまっていた自分が、なんだかとても虚しかった。
***
さて、今日が初めてアビリスターの関係者と例のステップ9、そして私の夫になる男と会う「顔合わせ」の日だ。
当然、事前に相手の情報は聞いているけれど、こういう政略結婚ではお互いの「顔」は顔合わせの当日まで明かさないのがゲンソクトウの古くからのしきたりだ。
(目を覚ましたらこの悪夢が終わっていて、帝魔王の地位を返上して田舎に帰り、どこかで出会った大好きな運命の男の子と二人で、小さなネコでも飼いながらごく普通の一軒家で仲睦まじく暮らしている……そんな世界が現実だったらどんなによかったか)
そんな現実逃避を頭の中で繰り返しながら、私は会場の席についた。
料理には毒味役などがついているけれど、「手をつけるな」と事前に厳しく言われている。
いよいよ、私の夫になる男との対面だ。
「……?」
現れた彼を見て、私の第一印象は拍子抜けに近いものだった。
よくも悪くも、ごく普通だ。顔立ちは少し童顔だけど、どこか知的で落ち着いた印象も受ける。はっきり言えば、かなり可愛い部類に入るのかもしれない。野蛮人どころか、むしろ儚げですらある。
私は無意識に、彼の顔をじっと観察し続けてしまった。
おや……? 彼の顔が、見る見るうちにリンゴみたいに赤くなっていく。
気分でも悪いのだろうか? それとも、この強制された結婚に対して内心怒り狂っているのだろうか?
まあ、今の私には確かめることはできないし必要もないけれど。
その後、両家の出席者による簡単な自己紹介が行われた。
夫になる男・ロンミ氏の左隣に座っているのは、彼と顔立ちがよく似た茶髪の妹さん・ミンネ氏。正直、かなりの美人だ。会話の内容を聞いていても、帝魔王として普段から魔法界の名家の子女と関わることが多い私にとっても、新鮮な気品と知性を感じる素晴らしい女性だった。
右隣に座るのは、アビリスターの頂点能力者であるステップ9・マスブレイカ殿。正直、兄のロンミ氏以上に見た目は「普通」だった。ロンミ氏ほどの知的な雰囲気はないけれど、口調は気さくで親しみやすい。
当然、周囲にはゲンソクトウとアビリスター両方の幹部や重鎮たちが多数同席していて、お世辞にも落ち着ける環境ではなかったけれど、この二人とは意外なほど会話が弾んだ。立場さえ違えば、きっといい友達になれていたと思う。
――さて、肝心の夫となるロンミ氏はどうだったかというと。
会話が弾むどころか、彼はただの一度も私と目を合わせようとしなかった。
終始うつむき、膝の上で拳を痛いほど固く握りしめ、消え入りそうな震える声で形式通りの挨拶を述べるばかり。
その時の私は、心の中で小さくため息をついていた。
(……ああ、やっぱりこの方も、政略結婚の道具として無理やりここに立たされているだけなのね)
彼が見せるその強張った態度の裏に、どんな想いが隠されているのか。
この時の私には、まだ知る由もなかったのだ――。




