自称・ラブストーリー小説の第一話
僕達の人生に決定的な転機が訪れたのは、異母弟である「マスブレイカ」ことロルさんと出会ってから、数ヶ月も経たない頃のことだった。
まあ、彼は紆余曲折の末にセントカクラ・アギお嬢様とアビリスターに来て、ステップ9になる前から結婚させられていた。しかし、また別の紆余曲折があってアビリスターとはさらに別の星に留学させられており、彼と直接会う機会自体はそこまで多くはない。それでも、母親が違うとはいえ「アビリスターに数人しかいないステップ9の1人と兄弟である」という事実は、僕達の運命を変えるには十分すぎるものだった。
まず、ミンネはその学力や完璧な家事スキルを見込まれ、アギお嬢様の専属メイドになった。
そして僕についてはどうか――単刀直入に言うと、魔術師の巨大組合『ゲンソクトウ』の事実上の統治機関として君臨するセノースクション家と、我がアビリスターとの長年の歪みを解消するため、ある日唐突に「政略結婚」の打診という名の、一方的な強制命令が舞い降りてきたのだ。
つまり、僕が新しき帝魔王の「王配(夫)」になるという事である。
なぜ僕なんかに、とは思った。だが、アビリスターに君臨するステップ9の本人達といえば、名目上アギお嬢様とまだ離婚できていないマスブレイカ殿を除けば、揃いも揃って人格破綻者ばかりだと聞けば納得だった。さらにステップ9達自身、母星ではいわくつきの出自を持つ者ばかりであり、僕とミンネくらいしか「まとも」と呼べる親族が残っていなかったのだという。
現帝魔王は、先代当主から遡れば12代の歴史を持つ家の初代まで行き着くような、極めて遠い分家の出身。元は庶民暮らしだったという16歳の少女だ。言っておくが、僕が土壇場で断らないようにするためか、顔写真すら事前に見せられていなかった。
先代の帝魔王がアビリスターとの戦争などで強制退陣させられたため、紆余曲折の末、有力一族の手によって白羽の矢が立てられたらしい。実の両親ははっきり言えば完全なろくでなしで、孤児院育ちの僕やミンネの方がまだマシな生活水準だったとすら言われた。
僕自身、正直なところ恋愛などには一切興味がなかったし、僕とその帝魔王が犠牲になるだけで両勢力の和平が保たれるなら安いものだと思い、この話を引き受けた。……もっとも、向こう側の意思や気持ちまでは知りようもなかったけれど。
事情を説明された後日、厳かな雰囲気が漂う式場にて、両勢力の立ち会いのもとで顔合わせが行われた。
マスブレイカ殿やミンネ、アギお嬢様・コウレさん主従、そしてアビリスターの幹部達に伴われ、僕は帝魔王とその側近達の前に並び立ち、ついに自分の妻となる少女と対面した。
――雷に打たれたような一目惚れだった。
とにかく可愛い。愛らしく、そして恐ろしいほどに綺麗だ。
厳かな王たる婚礼衣装を纏った彼女の圧倒的な美しさに、僕は直視することすらできず、心臓が破裂しそうなほど早打ちしていた。結局、一度もまともに目を合わせられないまま、下を向いて拳を握りしめるのが精一杯だった。
それでも、これは両家の未来を背負った形式的な政略結婚だ。
僕は震える声をなんとか絞り出し、ゲンソウトウの文化に則って男側からの言葉を口にした。
「……はじめまして、ラツミネ様。今日からあなたの夫となります、マスブレイカ殿の庶兄・ロンミです。……不慣れな点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
(※庶兄とは、アビリスターを含む異能力の星において『弟よりも能力やランクが下』であることを示す呼び名である)
頭を下げたままの僕には、彼女が今どんな表情を浮かべているのか、この強制された結婚をどう思っているのか、その気持ちを窺い知る術はなかった。
その後に聴こえたのは、静かで、どこか落ち着いた可憐な声だけだった。
「……よろしくお願いいたします、ロンミさん」
その淡々とした声の裏にどんな感情が秘められているのか、当時の僕にはまだ知る由もなかったのだ――。
幸いにも顔合わせ自体は、マスブレイカ殿やミンネ達がなんだかんだでラツミネさんやその側近の方々と会話を弾ませてくれたおかげで、大きな波乱もなく無事に終了した。
正式な結婚式は、あと数週間後。
しかし、「数週間後にあんなに綺麗で素敵な子と本当に結婚する」という現実感が、昼夜を問わず僕の頭から離れなくなっていたのだった。




