職務怠慢の酔いどれ教師には
「それで、親友の子から『昔から恋人同士だから今更じゃん』とか冗談を言われて、ちょっと戸惑ってしまって……(以下略)」
「やっぱりモテるんですね、淀さんは」
「まさか。私を好きになった例の彼氏だけですよ」
――……絶対、彼氏の行成さんって人が、無自覚に虫除けをしまくっているから周囲が寄ってこないだけだわそれ。
しかし、それを考えると、私が他の男に言い寄られている(あるいは絡まれている)のを見ても、特に遠ざけるような素振りを見せないコウレ君は、やっぱり私には気がないんだと確信させられてしまい、少しだけ残念な気持ちになる。
こうして接していると、サイスプリムは単に美人でスタイルが良いだけでなく、コミュニケーション能力もやたらと高い。私だって自分の容姿に自信がないわけじゃない。もし彼女が性格ブサイクだったら、心底から妬んでしまう自信はある。でも、実際にはそんな感情は湧いてこない。それぐらい、彼女と話していると素直に楽しいのだ。
やはり、他の「ステップ9」の面々と同様、彼女もまた超能力以外のスペックがただものではないらしい。
私と淀は、そんな他愛のない雑談を交わしながら作業を続けていた。
その時だった。
校舎の奥――廊下の暗がりの方から、妙な足音が響いた。
――カサ……リ。
まるで、何か重い布を引きずるような、乾いた足音が床を這う音。
ピクリ、と淀の眉が動いた。
「……サイスプリムさん。今の音、聞きました?」
「っ……! べ、別に何も聞こえてないですけど……?」
サイスプリムは、明確にちょっと怯えている。自分は並のお化けどころか一国の軍隊と戦えるほどの力を持つのにお化けを怖がるところが意外にかわいい一面だなと思う。
その時、闇の中からあふれ出してきたのは、幽霊でも呪いでもゴリラのようなお巡りさんでもなく――私たちが非常によく見知った顔だった。
「ぐびー……って、ナキユ、淀ぁ? 〜珍しい組み合わせねえ、こんな夜中に」
「……なんでゲンヨ先生がここにいるんですか?」
「……っ出た! オクスタン高の職務怠慢の酔いどれ教師、ケンリュウ・ゲンヨ!」
「会長、ゲンヨ先生へのツッコミが完全に台本通りですね?」
「そもそも先生は今夜確か学校で仕事だったはずでは? まさか、仕事ほったらかして酒を飲んでいるのでは――!」
「〜〜大丈夫、大丈夫! コウレ君に全部押し付けてきたから〜! だって昨日は祭りだぞ? 今夜ぐらい、大人の女性に休息とアルコールをだな……!」
私は呆れすぎて何も言えず、隣の淀と顔を見合わせた。
「準備もろくにせず、当日は好き勝手飲み食いしてたくせによく言いますねえ……」
私は冷ややかな目を向ける。
「そもそも、『押しつける』って……コウレ君はそんなアッサリ引き受けたんですか?」
淀の問いに、ゲンヨ先生はげっぷをしながら親指を立てた。
「大丈夫大丈夫! 最初は『アギが原稿に集中してるこういう時ぐらい休ませてくださいよ』とか言ってたけど、『淀と一緒にナキユの祭りの片付けを手伝う』って言ったらイチコロよ!」
その時、私は先生の後ろにある、もう一つの見慣れたげっそりとした人物の影を見つけた。
「……だっそうですけど、何か?」
そこには、この世の終わりみたいな顔をしたコウレ君が立っていた。
「なんでコウレ君がここにいるのよ!? アギの看病はどうしたの!?」
「とっくに治って、今は部屋で猛烈な勢いで原稿書いてますよ……。でも、この量の片付け仕事を一人で押し付けられるくらいなら、どうせなら落ち着いてできるオクスタン高でやろうと思ったんですが……どうやら僕が手伝う意味はなさそうですね」
コウレ君の視線が、ゲンヨ先生へと向けられた。それはもはや物理的な殺意を帯びた絶対零度の輝きを放っていた。
「そ、そんなことないわよ! 実は今、オクスタン高では『秋の文化祭で特製密造酒を発売する構想』があってね! 今はそのサンプルを試飲という、極めて重要な仕事中なのよ! ほら、教師として新学期の課題づくりぐらい、コウレ君ならすぐできるでしょ……!」
「……むしろ、教師として一番重要な課題作りを、自分の弟に丸投げするのをやめてくださいよ」
(――あ、やっぱり私の仕事だったわ)と認め片付けの続きに戻るどころか、仕事をサボって飲酒していることを「仕事」と言い切れるゲンヨ先生がすごいのか、「秋の文化祭で密造酒の販売」なんていうモロ犯罪の企画が妙に現実味を帯びてしまう名門校であるオクスタン高の治安がすごいのか、もう分からなくなってきた。




