地震・雷・火事・親父・ねずみ・迷子・女装・服従
一休み中の公園で突然現れたのは、僕の大の苦手なねずみでした…
怖がって逃げるのに夢中で、アギを乗せたまま淀さんと合流するどころか、どうやら見知らぬ商店街まで来てしまったようです。
「あれ、このあたりにこんなところありましたっけ? もしかしてかなり遠くまで来ちゃったんでしょうか?」
「ねずみにビビったお前の自転車の速度ならこんなもんだろ。普通にパトカーも追い抜いてたし」
人間が正気を失うってことは恐ろしいものですね。
「……すみません」
「まあスピード違反とかそういうのは気にするな。あとで適当に工務隊の仕事って言い訳すればいいだろ」
「……はい」
「まったくコウレはいつも私に宿題だの運動だの苦手に立ち向かえというくせに」
後ろで腕を組みながら正論を言うアギ。正論なのはわかっていますが…
「ねずみだけは別腹ですよ。あの灰色で小さくて気持ち悪い体と、凶暴な出っ歯……考えただけでも寒気が…」
僕は寒気に対して本能的に自分の腹回りを抱きしめます。
「まあ人間一つぐらい徹底的に生理的にアウトなものがあるのは当たり前だろ。これが漫画の世界なら、読者から国民的漫画の主人公のパクリだろとか叩かれるだろうが」
なんかすごく言ってはいけないことを言われた気がしますが、触れないでおきます。
「どちらにせよ、もうそろそろ淀さんたちと合流しましょう」
「いや。既にこのまま別行動で、もう連絡しちゃったんだが?」
「なぜ……?」
「たまには昔みたいに二人きりで出かけたいというか……」
そう言ってアギは僕の手を掴みます。
確かにイカレタヤカタに来る前は、僕とアギが二人っきりで出かけることは多かったです。どうしてそんなことを急に気にするのかは分かりませんが、珍しく彼女から積極的に外出を提案された以上、逃すわけにはいきません。
「どこか出かけたい場所でもあるのですか?」
「漫画のヒント探しの当てのない大冒険に決まっておるだろ!」
いかにもアギらしい気まぐれ発想。
それでも普段は社交的でないどころか学校も不登校なアギが、家出以外で自分から進んで外出する意欲が沸いた貴重な機会です。
「かしこまりました。参りましょう。まずはどこでしょうか?」
「その前に、なんで私の腰に犬猫どころか野生の猛獣にでも使うようなリードをつけようとしてるのだお前は!」
「だってそうでもしないと、こんな見慣れない場所では数分で迷子になってしまうでしょ」
「むむっ!」
当然アギは馬鹿力でリードの取っ手を握り潰す寸前の表情になります。
「……ボクが」
正直僕だって屈辱的ですよ。迷子の中の迷子のプリンセスであるアギに対して、迷子と認めるなんて。まあ女装に比べたらまだマシですが。
「そうか。それなら立場を逆にしないとな」
そして僕の首にリードが繋がれ、それをアギが持つという構図になりました。
「しかしこれってちょっと危ない光景なんじゃないか? 少なくとも性別が逆なら確実に通報ものだぞ。そうだ、同性同士なら別にただのじゃれ合いとでも思ってもらえそうだな。うん」
完全に丸め込まれ、無理矢理、僕はチャイナドレスに着替えさせられました。しかもなぜかリードは首に……。
「これで大人っぽいJKの私と、お茶目なJKのコウコが奇抜なファッションで友達デートしてるようにしか見えないな。うん、違和感ない」
いつもなら自分のことを大人っぽいと思い込んでいる小学生体型のアギに対して吹き出しかけるところですが、女装状態でリードで繋がれているのでそんな余裕はありません。
「気を取り直して、あのネトカフェはどうか? 私ちょうど昼寝したいし、個室の予約頼む」
ある意味が予想の斜め上でした。
「あんなの平凡なチェーン店ですよ。せっかくいつも来ない場所に来たんですから、せめて普段行く場所とは雰囲気が違うところに行きましょうよ」
僕だってこんな格好で人通りのあるところに行きたくないです。それでもアギの私生活を少しでも矯正する貴重な機会に対して、執事としての責任感というものがあります。
「ネトカフェという、漫画を読んでドリンク飲み放題で不貞寝できる場所以上に、世の中に魅力的な目的地なんてあるのか?」
とても宇宙屈指の名家のお嬢様とは思えない発言です。まあセントカクラ家の跡取りとしての社交パーティーなどにたまに出ても、ご自分の頭のレベルを超える会話やスピーチなどを理解できませんし、しようとするはずもないので、会場の外でスマホをいじるなどでサボっています。
漫画家としての活動はあくまでも覆面ですから、工務隊や一部のオクスタン関係者以外には「金持ちの未成年作家」というのが都市伝説レベルで囁かれる程度です。
「あの大型の森林公園なんてどうですかね?」




