精神崩壊かもしれない少年と大量破壊兵器の少女
僕の名前はフリミド・ピラーセル。
地球から来た少女・浅利淀との、アギお嬢様指定の「デートもどき」午後編は、ひたすらショッピングモール巡りになった。
僕もそれなりに顔はいい方だと思っているが、やはり淀は規格外だ。
トイレやちょっとした買い物で目を離しただけで、ナンパ目的の男が寄ってくる。
母星の彼氏は本当に大変だろうな……と、妙に他人事じゃない気分になる。(あれ? なんか「母星の彼氏」という響きに、妙な気まずさがある)
アギお嬢から渡された買い物リストを開く。
・新作メイド服(コウレ用)
・キャミソール(コウレ用)
・女性用水着(コウレ用)
・猫耳(コウレ用)
・セーラー服(コウレ用)
「……」
「買うべき……なのかな? コウレ君、絶対怒るよね」
「買わなかったらアギお嬢に何されるか考えると……」
これって買っても買わなくても地獄じゃないか。
でもアギお嬢の逆ギレよりコウレのほうがまだマシだろう。
結局、僕と淀は「アギお嬢の命令です」と言い訳することにして、全て購入した。
でもせめてコウレ君の機嫌取りに、アギちゃんの年の数だけ参考書を買っておこう(お誕生日ケーキかよ!)。
予定の買い物を終え、帰ろうとしたとき、淀が重い口を開いた。
「蒸し返すようでごめんなさい……やっぱり、私がステップ9だってことは、地球の人たちには秘密にしておいた方がいいよね?」
「ああ、べきだと思う」
「母星の元ご主人様から能力のレベルを聞かれたんだけど……どう答えるのが自然かな。ステップ9を隠すなら」
「開国したての地球から留学できる素質があるのに、ステップ1とかは不自然すぎる。『ステップ6の空力使い』くらいでどうだ? 嘘には一部真実を混ぜると信憑性が増す」
淀は少し目を伏せた。
「……やっぱり、世間一般のステップ9の印象って、あんな感じなんだね」
「僕たち同類だから平気で接していられるだけで、実際は『人間の姿をした大量破壊兵器』だ。拒絶される覚悟がないなら、ステップ9であること自体を隠した方がいい」
淀の瞳がわずかに揺れた。女性は共感で動く生き物だという話をどこかで聞いたので、僕はもう一押しした。
「ちなみにピラーセル君は……そういう勇気、持ってるの?」
「僕は意識したことないな」
淀が驚いた顔をする。
「前に話したかもしれないけど、僕は幼い頃に両親を亡くして放浪者だった。戦場にも出たし、人の命を奪うことにも慣れている。自慢でも自虐でもない。ただ、絶望にも恐怖にも慣れすぎてしまっただけだ」
淀は一瞬ドン引きした。しかしすぐに表情を整える。彼女も自分の立場を自覚しているからだろう。
「なりゆきでアビリスターに来たけど……『人を大量破壊兵器にされた』という事実はわかっていても、実感が湧かなかった。僕はサイコパスだと思っても構わないよ」
「……それって、良心がないんじゃなくて、ただ平穏な暮らしと無縁すぎて、喜びも絶望も薄れてるだけじゃないの?」
その言葉は、予想外に胸に刺さった。
「……確かに、そうかもしれない」
戦災孤児になってからずっとその日暮らし。
アビリスターにいってからは能力の恩恵でその日暮らしとはほぼ無縁になった。自分の能力はどんどん強くなってそれにより研究所から多額の謝礼金をもらっている。
それでもそれが嬉しいとかあんまり実感したことはない。もともと金がかかる趣味もない相当気分が変わらない限り贅沢もしない。
そういう風に指摘されたのは、恐らく淀が生まれて初めてだった。
淀は静かに続けた。
「地球の現実でも創作でも、『鋼の精神で絶望に立ち向かう天才』みたいな話は多い。でも、最初から絶望や成功を『実感』しない人間は、すごく珍しいと思う」
言ってしまえば精神崩壊に近いのかもしれない。
それに自分もどういう感想をいうべきかわからないのだけど。
淀もそれ以上は無言だ。地雷を踏んだとかそういう次元ではなく、そもそも僕にとってもおそらく生まれて初めてであろう表情に対しての感想が見つからないのが正直なところなのだろう。
気分転換にフードコートでお茶でも飲もうかと考えた。
そのとき——数名の不穏な男たちが、ゆっくりと近づいてきた。
「動くな、ステップ9のお嬢さん。爆弾でこのモールごと無辜の民を吹き飛ばしたくなかったら、大人しく指示に従ってもらおうか」
淀の能力でテロリストを攻撃すれば、即座にどこかの爆弾が爆発する仕組みだろう。明らかに研究所の内通者がいる。
「……私は、何をすればいいんですか?」
淀の声がわずかに震えていた。状況は飲み込めているが、やはりこういう修羅場にはまだ慣れていない。
「まずは政庁の破壊と、議員の暗殺を頼むよ」
「ちょっと……ピラーセル君!」




