主人とメイドの境界線はもっと早く超えたかった
中高生以降は理由をつけて何度も二人きりで出かけたりもしたが、肝心の淀の俺に対する心情は、いつまでも一人の男性・一大寺行成ではなく「仕える主人」止まりだった……。
俺への呼び方は基本「行成様」。学校では悪目立ちしないように「行成さん」。権力者や俺の両親の前など、主従関係を強調する必要がある場合は「お坊っちゃま」だ。
同い年の男相手なのだから、言い間違えでもいいから一度ぐらいは呼び捨てにしてほしかった。暗に頼んだこともあるが、
「あのさあ。お前一応俺と同い年だろ? 別に呼び捨てとタメ語でもいいんだけどな」
「それはできませんよ。行成様の両親どころか私の両親にも怒られてしまいます。」
俺や淀の両親に遠慮したのか、軽く断られてしまった。
中学生の頃、俺の両親が仕事の都合で海外に移住すると淀に話したときも……
「とりあえず辞表は何時までに出せばよろしいでしょうか? 早急に新しいバイトを探さないといけませんし」
「はっ?」
俺はキョトンとした。
「私は海外になんていけませんよ。なのでメイドをやめて普通のアルバイトを探します。」
少し残念そうな顔ではあったが、こう冷静に対応された上で即座にバイトアプリで次の仕事を検索し始めるところを見せられると、相当傷ついてしまう……
「……俺のために海外生活は嫌か? それとも淀は……俺と離れる方がいいのか?」
淀は少し困ったような、でも真面目な顔で俺を見た。
「嫌とかそういう話ですか? 行成様だって、私の両親が私が面倒を見なければ私生活も仕事も荒れ放題なのはわかってるでしょう?」
まあ淀の両親は、典型的な「やる気だけある無能」というタイプだ。淀とは正反対に何をやらせても不器用でドジ。
だからこそ一人娘は控えめで器用で万能な美人に成長したのだから、皮肉なものだ。
小学校入学直後にメイドになる前、つまり淀が物心ついて間もない時期から、家事は淀なしでは回らない感じだったらしい。
本人いわく両親に叱られた経験はないが、叱った経験は星の数ほどあるとのこと。
「俺は淀が……お前が側にいてくれないと、駄目なんだよ。」
「別にメイドなら現地で雇えばいいのでは」
そういう問題じゃない。俺にとっては、世界のどこに住もうが淀が隣にいない生活なんて嫌だった。
「やっぱり俺も嫌だわ。海外生活なんて。日本に残るわ。」
「生活どうするんですか?」
「淀がいるから問題ないだろ。」
淀は大きな溜息をつきつつ、少し笑ってくれた。それが嬉しかった。
「……まああんまり苦労をかけないで頂けるなら、頑張ってメイド続けます。行成様がちゃんとご飯を食べて、部屋を散らかさないって約束してくれるなら」
結局両親は淀がいるからと反対せず、俺を残して海外へ旅立った。
俺は高校に入ったばかりの頃にとある凶悪事件を解決に導き、国際探偵機構(ILDAY)の探偵卿の一人となった。
ILDAYは地球が宇宙外文明と開国したことに伴い、複雑・凶悪化する犯罪に対処するために設立された、警察とは別に活動する特殊捜査機関だ。
「どんな理由があろうが、人を殺す者の気持ちは理解できねーよ。絶対に」
俺が探偵卿になるきっかけを作った事件解決時に言ったこの言葉が、俺のポリシーとなっている。
しかし実際は、淀には想像を絶する苦労をかけてしまった自分が情けない。
何度も淀を危険な目に晒してしまった。
並の暴漢程度なら都大会優勝経験のある有段者の敵ではないが、大人数や人間をやめている殺し屋などになれば話は別だ。
でも淀はそのためにメイドをやめようとしたことは一度もなかった。
「淀。お前は18歳になったら、メイドやめてもらえるか。俺の妻として終身雇用してやるよ」
俺は今から数ヶ月前についに淀に告白……どころかそれから一足飛びでプロポーズをした。
正直、同じ屋敷にいるメイドという非常に近い距離だからこそ、告白を振られた上でメイドを辞められる可能性が怖かった。
探偵卿になって以降はもう少し淀の身を確実に守れるようになってからと決めていた。
しかしなぜだろうか。数週間ぐらい前から淀が俺から離れてしまうという嫌な予感を感じていた。
それでも一応淀は告白を受け入れてくれた……と思う。
ほぼ名目だけでも俺と淀の関係が「主人とメイド」から「彼氏と彼女」に昇格したのは嬉しかった。学校を含めて敬語も崩れた。
ますます江初を含むクラスメイトからは冷やかされるようになったが、おかげで淀へのラブレターなどは減り始めた。
休みの日には一応普通の高校生らしくカラオケやショッピングなどでデートもした。そのたびに事件に巻き込まれてしまったので、淀との思い出と言えるかは疑問だが。
しかし別れの予想は、なんだかんだで当たった。淀がアビリスターに留学したいと言い出したのだ。
あいつの「地球の外で武道を究めたい」という気持ちは理解できるし、どうせ数年の留学ならと、流石の俺も首を縦に振るしかなかった。
淀の両親の事業も軌道に乗り私生活も最低限度は困らないレベルになったらしいし、代わりのメイドも見つけ俺の両親にも話を通し、最低限の引き継ぎまでやってるので尚更文句は言えなかった。




