第32話 探索者協会会長
「失礼します」
ノックをして、大きな茶色の木扉を開く。
ここは探索協会の『会長室』。
中に入ると、椅子に座っていた女の人がこちらを向いた。
会長さんだ。
「よくぞ来て──」
だが、会長さんは流れるような動作で床に膝をついた。
「くださいましたぁ!」
「会長さん!?」
この人は探索協会の会長さん。
探索者を取り仕切る探索協会で一番偉い人だ。
……姿勢のせいで、全くそうは見えないけど。
「頭を上げてください!」
「久遠くん……」
いつもの光景に、俺は慌てて会長さんに寄る。
でも、後ろの従魔たちはぞろぞろと部屋に入ってくると、長いソファにくつろぎ始めた。
「このお菓子美味しそうですね」
「もーらいっ」
「ママ友のお土産にしようかしら」
「君達に恐れてるの分かってる?」
この部屋もすでに慣れたらしい。
会長さんとは、すでに何度も顔を合わせている。
こんなにへりくだっているのも、従魔の恐ろしさを知るからだ。
会長さんは対面のソファに座ると、話を始めた。
「毎回こちらに来てもらう形でごめんなさいね」
「いえいえ。事務所も近いわけじゃないですし、全然来ますよ」
「そう言ってもらえるとありがたいわ」
従魔たちはお菓子に夢中なので、俺が会長さんと話を進める。
「では本題だけど、また調査してほしいところがあるの」
「……! 最近多いですね」
「ええ。異変が増えてきてるみたいで」
会長さんに(俺だけが)渡された資料を眺めながら、思考を巡らす。
この一か月間、俺は度々協会から依頼を受けていた。
内容は『魔人に関する調査』だ。
異変があったダンジョンへと向かい、報告を行っている。
最初に協会が接触してきたのは、魔物侵攻から数日後。
ガルドルという存在を見て、協会も魔人対策を始めたのだろう。
あんな災害がポンポン起きれば、日本も壊滅状態になるだろうし。
「それにしても、本当に久遠くんが味方でホッとしているわ。敵側であれば、こちらは降伏しか残されていなかったもの」
「ははは……」
会長さんは、従魔たちをチラ見しながら吐露した。
前に聞いた話だと、最初は俺を少し疑って接触したらしい。
魔人とは違っても“脅威側”なのではないかと。
世間の呼ばれ方(魔王)からも理解はできる。
でも、こちらから協力すると言うと、会長さんは安心してくれた。
未だに異世界のことは話していないけど。
「久遠くんにも事情があるのよね」
「そうですね。……あと従魔たち、会長さんを威圧するのやめなさい」
従魔が「深くは聞くな」と目を光らせているからだ。
実際、異世界のことを話すかは慎重に考えるべきだろう。
話した相手にも、危険が及ぶ可能性があるもしれないからな。
そんなこんなもありつつ、会長さんは俺を信頼してくれた。
もしくは、信頼するしかないといったところか。
協会側も、なんとしても従魔たちの味方でいたいことだろう。
「協会としては、引き続き協力してくだされば何も追及しませんので」
「ありがとうございます」
会長さんはまた深々と頭を下げた。
疲れた顔なのは気づいてます。
すみません。
そうして、会長さんは今回の件に話を戻した。
「今回なのだけど、資料通りに異常が検知されているの。念のため、調査をお願いできないでしょうか」
「わかりました」
今回は、とあるA級ダンジョンで異変が起きているらしい。
現在はそこを一時閉鎖し、俺たちに調査を行かせるようだ。
「今回も杞憂かもしれないけど、報酬は払うのでどうかお願いします」
「任せてください」
杞憂というのは、調査で魔人が出現したことはないからだろう。
ガルドルの件以降、現代で魔人は目撃されていない。
原因は俺も分からないままだ。
派遣が止まったのか、異世界側で何かあったのか。
色々考えられるけど、どれも推測に過ぎないので、現在は協会の調査を手伝っている。
それから、実は目的がもう一つ。
この調査は、俺の『七つの能力』の捜索も兼ねている。
『七つの能力』どれも強力だ。
【超感覚】はダンジョンシフト、【共奏】は魔物侵攻を起こされたりと、一つだけで災害を起こせるほどに。
すなわち、誰かの手に能力が渡っていれば、異変が起きている事が多い。
そんな考えもあって、協会の調査に積極的に協力している。
この事は会長さんには内緒だけど。
と、思考を整理していると、会長さんは再び口を開いた。
「けれど、今回はもう一つお願いがあるの」
「ん?」
会長さんは細い目で続けた。
「どうやら、この調査依頼が他のギルドにバレ始めているみたいでね」
「あー」
「責めているわけではないけど、久遠くん達はどうしても目立ってしまうから」
「それはまあ……はい」
それには頷くことしかできない。
従魔たちは見た目も派手なら、歩くだけで災害を起こす。
調査を内密にするのも、そろそろ限界かもしれない。
「そうなると、色々と苦情が入ってきてね。協会と魔王軍がズブズブなんじゃないかとか。協会が舞台装置を設定してるんじゃないかとか。もうほんとに色々と」
「……あぁ、聞いたことあります」
そんな苦情は、俺に届くこともある。
でも、会長さんの疲れた顔を見てると、苦情の数が比じゃないんだろうなあ。
すると、会長さんの口が回り始める。
「こちらとしては、魔人調査はすごく危険で、久遠くん達が事情を知ってそうだから頼んでいるだけなのに!」
そのまま頭まで抱え始めた。
「ていうか何が贔屓ですか! じゃあ、苦情を送る方達は魔人を倒せるんですか! それで怪我をしたらまた苦情を送るんでしょうに!」
探索協会は公務員だ。
税金で給料をもらっているんだから好き勝手言ってもいいと、本気で思ってる人も世の中にはいるんだよね。
「そもそも、久遠くんたちに依頼するのがどれだけ怖いことか!」
「……」
「最初の接触なんて寿命が百年縮まったわよ! って、百年縮まったら、私もう死んでるやないかーい!」
自分でツッコミまで始めた。
いよいよ情緒がおかしい。
そうして、会長さんは頭を抱えて声を上げた。
「従魔さんにビビって協会にばかり苦情を送り付けて! 一番怯えてるのはこの私よおおおぉ!」
さすがに限界を迎えてそうなので、俺は隣に指示を出した。
「ミカママ」
「ええ」
ミカママは手の平をふうっと吹いて、黄緑の波動を放つ。
「それなのに、苦情を送ってくる皆さんは好き勝手に……! ──ママあああ」
「少しはストレス解消できますように」
会長さんは途中で幼児退行した。
ストレス解消にはこれが一番だ。
こんなに頑張ってる会長さんに、「情けないですね」とはとても言えなかった。
少し経ち、バブみの効果が切れたところで話を再開させる。
「会長さん、どうかお顔を上げて下さい」
「バブ──こほん。お見苦しい所を失礼したわ」
「いえ、いつものことですので」
会長さんは話を続けた。
「苦情が来ている内、一つ厄介な連中がいるの」
「厄介?」
「彼女たち曰く、“異変の調査ぐらい出来らあ”とのことで」
「あぁ、なるほど」
なんとなく言いたいことが分かった。
「そこで次の調査は、一度彼女たちと共に調査をしてくれないかしら。それも“配信付き”で」
「わかりました。それで“教えてやれ”というわけですね」
「そういうことよ」
今までの調査は、内密のために配信をせずにやっていた。
だけど、それが周りにバレつつある。
だったらいっそのこと、配信上で調査することで警告するわけだ。
“このレベルじゃないと調査はできないんだぞ”と。
やはり会長さんも頭が回る(冷静になれば)。
俺は立ち上がり、会長さんに手を伸ばす。
「では、この調査を受け──」
「ちょっと待ったあ!」
だが、ずいっとルーゼリアが間に入った。
「甘いわよカナタ君」
「はい?」
「こんなの情につけこんで、タダで案件を増やされてるじゃない。カナタ君は優しいけど、お姉さんはそうじゃないわ」
別につけこんでるわけじゃないだろ。
とは思ったが、エルヴィも続いて立ち上がった。
「まったくだね。カナタ様が許してもわたしが許さない。今度こそカナタ様の酷使は止めてみせる」
「ヒョエッ……」
二人は腰に手を当て、会長を上から睨み付ける。
君たち人の心ないんか。
いや、亜人だったか。
「なあ、二人とも──」
「カナタ君は黙って」「カナタ様は黙って」
「……っす」
会長さんを庇おうとするが、あまりの圧に引く。
だけど、二人の目を見て直感した。
これは俺のために言ってくれているのだと。
異世界では、俺が酷使されて最終的に処刑された。
それを繰り返さないため、どこまでも公平な取引を望んでいるんだ。
会長さんは不憫だが、二人の気持ちも汲み取ってあげたい。
会長さんは、少し考えて答えた。
「……協会推薦の料理店を、一度食べ放題にしましょう」
「「!」」
すると、ルーゼリアとエルヴィはくるりと背を向けた。
「さーて行こうかしらね!」
「そろそろ体を動かしたかったんだよねー!」
「……」
余裕で釣られたみたいだ。
こいつら単純なんだよなあ。
でも、会長さんの青ざめた顔は隠しきれていない。
「すみません。ほどほどにするように強く言っておきますので」
「はは……いいのよ。これで日本が守れるのだったらね」
あなたは本物の英雄だよ。
何かしてあげたくなった俺は、もう一度ミカママに声をかけた。
「ミカママ、最後に」
「そうね」
ふわっと会長さんを包んだのは、【バブみの波動】だ。
「バブぅ」
これで心を休めてください。
こうして、今回の調査内容を聞いた俺たちは、明日の準備を始めるのだった。




