#書道部 #アオハル
#書道部 #アオハル
衝撃が走った。
校門の向こうに大人の女性を見た瞬間だ。この人と生きたい、何故かそう思った。
オレは、恋愛など他人事だと思ってた。中学では告白されたり、アイツお前のこと好きらしいよとか言われたりしてたけど、好きとか分からなかった。だから付き合ったりとかそういうのはなかった。
けれど、入学式のこの日。新入生として初めて校門をくぐった今。それがこの時のためだと直感した。
ベンチの近く、A棟前で逡巡する。恋人がいたら、オレみたいな歳下はムリだったら、気が合わなかったら……。色々考えて、一番問題なのは“相手が教師だったら”だと思った。よく、先生と生徒は禁断の関係なんて言うし。彼女が知的に見えるから、余計そう思う。寒色のチェック柄シャツワンピを着ていて、かけているメガネはオーバーサイズのウェリントン型。化粧は大人しそう。髪は前髪を残してひとつに纏められている。
先生かどうか今、確かめよう。何でか、オレは気を急いだ。
「あの、先生ですか?」
女性は、少し考えたような表情を浮かべた後、不機嫌そうに「いえ」とだけ言った。
それに対してオレは「すみません」とだけ言って去った。ちょっと怖かった。またA棟前に戻っても彼女が見えて嫌だったから、適当に高専の敷地を歩き回ることにした。
歩きながら考える。不機嫌にさせたことはかなり良くない。もっと考えてから話しかけるべきだった。大丈夫だろうか。けれど、気付いた。1つだけ確定した。
「あの女性は教師じゃない!」
それなら、オレにチャンスがあるということじゃないか!!!オレはリズムを刻んで初めての道を歩いた。
✏︎
登校開始から2日目。部活と同好会の説明会があった。付き合いもあるし、とりあえず同クラと一緒に歓迎ムードを味わいながら回った。
登校4日目の放課後だった。『共用部室』と書かれた建物に入ると、女子の先輩が玄関で出迎えてくれた。
「ようこそー!共用部室は、曜日ごとに日替わりで使用しています。
月曜日の今日は書道部です。
自由に見学していってね」
部屋にはテーブルが3つある。手前にはお菓子が置かれ、女子の先輩たちと他の新入生が雑談している。高専は女子が少ないけど、いるところにはいるんだなあ。部屋の真ん中辺りで男子の先輩が2人、それぞれテーブルと床で毛筆を握っていて、書く様子を実演してるみたいだ。結構上手い。
そして奥は何も使われてなくて、存在が無いような雰囲気だ。ただ、オレはそこに見つけた。ソファに座るあなたを。
入学式の朝に走った衝撃を思い出す。
「すみません!」
出迎えてくれている先輩に、勢いよく言ってしまった。
「あの、その、あの奥の女性も書道部の方なのでしょうか......」
「あ、香月さんね。
一応書道部だよー。
確かに、学生っぽくないもんね。どちらかというと先生に見えた?
専攻科生だから結構歳上なんだ」
何という巡り合わせなんだ!オレは中学のとき書道で生徒部特待生!そしてあなたも書道をしているだなんて!
「オレ、ここ入ります」
✏︎
5月半ば、書道部は思ったより活動しなくなっていた。週1でしか集まらないのに、椅子に座ってお菓子を食べながら駄弁っているだけ。書道部に入るからにはちゃんとやりたかった。歓迎ムードの2週はしっかり書いていたのに、それきり筆どころか半紙すら見ていない。肩透かしを食らった気分だ。
ただ、気付いた。毎週来ない先輩もいる中、香月先輩は決まって“そこ”にいるのだ。奥のソファに座り、見えない壁こそ作っているが必ずいた。なら、オレだって毎週来る。
その日は、他に書道部員はいなかった。香月先輩を除いて。
同じ空間に2人だけ。
どうしようか。
よし、決めた。
「あの、香月先輩」
「ん?何だ?」
「いつも何のゲームしてるんですか」
「ん?」
くっそどうでもいい質問をしてしまった。それでオレが興味無いものだったらどうする?今回は話を合わせられても次回に繋がらない……。
「パワプロだけど」
!
パワプロアプリは分からないけど、野球ならちょっと分かる。
「野球お好きなんですか?」
「そうだな」
「じゃあ好きな選手とかいます?」
「鳥谷敬」
「ええと、阪神ファンですか?」
「ああ」
「阪神強いですよね」
「他が弱い」
何でだろう、野球のことなのに会話のキャッチボールができてない。
「あの……お邪魔ですか?」
「いや」
どうすればいいんだろうか。
「遠野くん」
急に名前を呼ばれてビックリして「は、はい!」と出した声は、上ずってしまった。覚えてくれてたとは思わなかったからだ。香月先輩の顔を見たけど、彼女の視線はスマホに向いていた。
「君、毎週来てるな。
真面目だな」
「あ、ありがとうございます!」
好きな人に褒められるってこういう気分なのだと初めて知った。心を指でツーっと撫でられるような感覚だ。
「いや、嬉しがることではない。真面目な人ほど損をするって言うからな。
でもご褒美だ。というかおそらく君の先輩たちが忘れているだけだが。もしくは現実から目を背けているか」
「はい?」
すると、ポケットからバイブが鳴り、LINEメッセージを報せた。スマホを取り出すと、通知欄に『フミヅキ 17:23 https://docs.google.com……』と表示されている。
「これ、先輩のLINEですか!?
オレのLINE知ってたんですか!?」
「書道部のLINEグループに入っているじゃないか」
「なるほど」
香月先輩も入っていたのか。アカウント名が『香月奈々』ではなかったから分からなかった。
「ではこのURLはなんでしょうか……?」
「それはうちの部の共有フォルダだ。色々あるが、過去問も入っている」
「過去問……?」
「もう中間試験が近いだろう?それを見て対策を立てるんだ。
友達にも共有するとヒーローになれるぞ」
✏︎
実際、オレはヒーローになった。過去問はかなりの人に有り難がわれた。オレ自身も、せっかく香月先輩からご褒美を貰ったのだから、それに応えようと必死で勉強した。少なくとも3年分の過去問はそらで解けるようにした。類似問題もきっちり対策した。
そして1週間の長いテスト期間を乗り越え、その返却を待った。
テスト後の月曜日、オレは香月先輩に会いたくて共用部室へ駆け込んだ。彼女は既に定位置でパワプロをしているようだった。
オレは玄関で「香月先輩!」と呼びかけ、急いで近くへ行った。そして成績表を見せ「先輩のおかげで7位取れました!」と高らかに報告した。
彼女は少しニッとして「『なな』。僕の名前と一緒だな」と言った。胸がキュッとした。けれどそれも束の間、彼女は嫌そうな顔をした。
「お前、“チャラいけど勉強できるタイプ”だったんだな」
「先輩は“知的に見えて勉強できない”タイプなんですか?」
オレがつい口にした。その言葉に香月先輩は、「ゔっ」と漫画やアニメでしか見ない反応をし、「じゃなきゃ留年しないでしょうよー」とソファに思い切り寝転んだ。
✏︎
このときから、オレはちょっとずつ香月先輩をイジるようになっていった。
ある月曜日、オレはイジるネタを探すため、書道部共有ドライブを漁っていた。10年前のフォルダにも名前があり、そんなに前からいたのかと驚いたが、そこに謎のファイルがあった。
「香月先輩“レンゅうえやじるしコウエンびーカツサレンはいふんレンはてなだいなりレンョレンォ”って何ですか?おばあちゃんだから日本語忘れちゃったんですか?」
香月先輩にそう声をかけると、彼女の手がスマホに迫ってきた。屈んで腕を伸ばしているから、服と胸の間に空間が覗き、つい見てしまう。かと思えば手と手が触れそうになりドキドキする。
先輩はすぐにスマホを投げ返してきたが、彼女が今触っていたものかと思うと、オレのものではないような気がしてくる。
恥ずかしくなって先輩をイジリ倒し、何とか自分を落ち着かせた。そして、もうひとつあった謎ファイルの読み方を訊ねた時だった。
「ちょっとこっち来い」
香月先輩は同じソファに座るよう指示してきたのだ。どう見ても二人がけ。身体は絶対にくっつく。電車で他人がいるのは大丈夫なのに、今は何故こんなにも体が火照るのだろう。オレはソファまで行き、できるだけ間が空くようにそうっと座った。
その後は緊張していてよく覚えていないけど、謎ファイルは重要なものらしい。望んでいないかもしれない、それでも役に立ちたい。大人しく深掘りしない意思を伝えたけど、きっと探し当ててみせる。
あなたが好きだから。
オレは先輩の目をジッと見つめた。




