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「明日少し付き合え」
ある日唐津は休憩時間に圭人に言い、何処かに電話をかけ始めた。そしてその翌日、共に車に乗りこみ会社の駐車場から出ていった。ショッピングモールやアミューズメント施設の列なる国道沿いを走り市街地方面へと向かっていく。対向車の姿を確認しつつもゆっくりと踏むアクセルに身を委ねながら唐津は圭人に言葉をついた。「お前ももう三年たったんだな」そう口にすると感慨更けるように窓の外を眺めた。
その後暫く車は走り、左折するため端に寄ると後方から自転車に乗る女性が走ってくるのがサイドミラーに見えた。ハンドルを握る町川は咄嗟にブレーキをかけ、車は前後に少し揺れた。
「すいません、、」
「ん、事故だけは起こさないでくれよな?」
唐津は自虐するように言葉を投げ、町川はバックミラー越しに頭を下げた。車はそこから左折し路地に入っていく。数十メートル行ったところで大きな県道へと合流していった。
「あの今日はどこへ、、、」
「ん?それは、、、解るだろ?」
唐津は圭人に笑いかけ、窓をこんこんと鳴らし外を指差した。
ー児童養護施設 日の里の森ー
そう掲げられた看板が流れる景色に飛び込んできた。
「あっ、、、」
圭人はシートベルトに固定される体を前に動かし、看板を見て視線を落とした。車はそのまま走り交差点を右折し養護施設まで入っていった。
ー児童養護施設 日の里の森ー
町の外れに造られた養護施設。離婚、虐待、育児放棄と様々な理由により入寮を余儀なくされた子供達は、その施設で16歳まで生活をする。1部屋に6人。年令順に分かれた部屋には3段ベッドが両脇に置かれ、机と簡易ロッカーが一人一人分け与えられている。そして施設の決め事として部屋の掃除はもとより、施設のあらゆる物事を分担し協力するということ。言葉では強調されてしまうが、それらは一般的な家庭面としての同じ行為を覚えるためである。中には精神的に追い込まれた子供や障害をもった子供もいる中で自立を目指し共同生活をしていく。部屋数7部屋、入寮者28名、従業員8名。そこで働くほとんどの従業員はボランティアで支えられ、校長と事務員の二人だけがそこに住んでいる。毎年数名の入寮者が入っては卒業していく。くしくもそこは圭人が育った養護施設だった。
町川は施設入り口前に車を止め、唐津の座るドアを開けに素早く外に降りた。運転席の背もたれと後部座席に手を置き車を降りる唐津は、外の風を感じるようにそのまま施設の中へと入っていった。
「どうもどうも 忙しいとこすいませんねぇ」
「いやいや いつものことですよ」
玄関入り口で手をこねるように待っていた校長は、招き入れるように手を伸ばした。
「あれ?圭ちゃん?圭ちゃんじゃないの?」
校長は唐津の後ろにいる圭人を見つけると懐かしそうな声をあげた。白髪混じりの長髪を後ろになびかせ、易しい顔に手を握ってきた。施設校長 長岡 正 56歳。
「ご無沙汰してます、、、」
圭人は恥ずかしいような照れくさいような思いに顔をあげられなかった。長岡は再開を喜び、唐津を連れて奥へと入っていった。数年ぶりの養護施設に圭人の心は複雑だった。
一階建ての白い建物はうっすらと茶色かかり、所々ペンキが剥がれていた。一面ガラス貼りだった扉は木製の重厚なものに取り替わり、思い出の場所は少しずつ変化していた。
「圭人 社長は?」
「え、、あ、奥に、、、」
車を止め戻ってきた町川は圭人に話しかけ、唐津の行き先を聞くと施設前にある庭のような遊具広場へと向かった。
遊具広場には簡易的に作られた花壇があり小さな花が数種咲いている。一つ一つに薄汚れた棒が立てられ、名前が書き込まれた紙が貼られてあった。その広場の端には物干し竿が置かれ、子供達の洗濯物が風になびいて干されていた。
町川は敷地を囲う網のフェンスに寄りかかり、施設全体を眺めながら口を動かした。
「ここにくるとさ 嫌でも思い出しちまうんだよな」
「え?」
「、、、そっか 圭人は知らねーんだよな」
町川 祐吉 26歳 独身。圭人と同じ施設出身。7歳の頃に入寮してから15歳まで生活をしていた。
「俺もさ なんでだって泣きまくったの覚えてるよ けどな、、、けど社長が、、って今の会社の前の社長な?俺さ、、」
町川は遠くを見つめるように目を細め、思い出すように話してくる。
「良い社長さんだったんですね」
「ああ でも今の社長も、、、」
恥ずかしそうに笑い圭人の尻を叩く町川の顔はどことなく寂しげに見えた。
奥に入っていった唐津は校長室と書かれた部屋で机を挟み話をしていた。壁に掛かる子供達の写真。卒業式と銘打った施設からの旅立ち。それらの思い出を振り返るように長岡は話していた。
「圭ちゃんも祐と同じ所だったなんて 本当唐津さんには頭があがりません」
「いえいえ たまたまですよ たまたま」
養護施設出身と言えば差別や苛め、それ以上の白い目で見られるのが現実として残っている。声を大にして差別や偏見を無くそうと問いかける人達もいるが、その大半が一般的な普通と言われる家庭で年を重ねている。それでも知ってもらいたい助けてあげたいと願い訴えかけていく人達もいるが、それらは一様に人権という建前論を覆した一般的な統計論と変わり、皆が同じという世論は同じという者から外れた者達への攻撃的な的としてその者を作り換えてしまう。それは養護施設というものだけでなく、違った環境で生きた人達にも同じ事が言われる。晒させ上げられ見られてしまえば、本質じたいが的として取り上げられ、隠したくても隠せない状況が、見せたくても見せられない環境に、味わう事の無い人達の言葉でまったく別のモノへと変貌していく。
「それにしても静かですね」
「そうですね この時間は学校に行ってますから」
養護施設として成り立つ日の里の森。そこで育つ子供達はそこから学校に通う。一般的な家庭の子供達が家から通うように生活基盤は同じに過ごしている。ただ違うのは、住む場所と住む理由が違うだけ。
唐津は微笑むように頬を緩め、懐から茶封筒を取りだし長岡に渡した。
「いつもすいません ご協力有り難う御座います」
長岡はその茶封筒を受け取り、机の下から白い紙袋を取り唐津に手渡した。
「いえいえ 困りますよ 前にも断ったじゃありませんか」
「そう仰らずに 何もお渡しできませんが 来てもらったお礼のようなものですから」
困り顔にも笑みを作り紙袋を受け取る唐津に、長岡は改めて深々と頭を下げた。それは町川と圭人の就業先として受け入れてくれた感謝の念と共に胸を掴んだ。
「おーい そろそろ帰るぞ」
「あっはい 今用意します」
唐津は玄関先で声をあげると、町川は慌てるように車を取りに行き、圭人は施設を眺め玄関先まで走り寄っていった。唐津は白い紙袋を手に長岡と話待っている。
その帰り圭人は唐津に理由を聞くと、少し躊躇いながらも答えてくれた。
「お前らみたいなやつらは 笑ってるのが一番だ」
唐津は施設と子供達のために寄付を申し出ていた。それは何年も前からずっと誰にも言わずに続けていた。
後に唐津が養護施設に寄付を申し出るきっかけとなったのが町川だったということを町川本人から聞いた。
町川は当時、配送業務の仕事をしていた。養護施設を15歳で卒業をし長岡のつてでその会社に入社した。
芳正運送。自営業のような下請け会社として運搬運送を生業とし、数社と関わりを持っていた。その中には運転手としての依頼仕事も含まれていた。
芳村 正 当時42歳 社長。
町川は15歳ということで、雑務や助手的な立場で手伝っていた。朝は日の出から夜は日が落ちた暗い時間まで、一日一日が目まぐるしく動いていた。半年一年ともがくように働いてきた町川は徐々に芳村や依頼会社の人達と打ち解け話をするようになっていった。それは自然と今を見つめるようになっていったからであり、過去の生い立ちを拭い去るほどの強さにもなっていった。そしてある日芳村は町川を連れて倉庫に来ていた。
「祐吉 これ入れとけ」
芳村は積み荷倉庫から段ボールを指差し町川に頼んだ。倉庫に並ぶラックには数個の段ボールとプラスチックの板、そして何十枚と重なり入った袋が何袋も置いてあった。町川は芳村の指差した段ボールを車まで運んだ。
「おい 気を付けろ 底抜けるぞ」
芳村の注意に持ち手を変えるように段ボールを持ち上け、車のトランク部分に押し入れた。芳村は正確に慎重に仕事をこなす町川に子を見る親父のような感情を抱いていた。それは時がそうさせているかのように町川も同じだった。
「んじゃ行くか」
芳村は町川を助手席に座らせ唐桶工務へと向かった。
「どうもどうも お世話になります 芳正運送で」
芳村は唐桶工務に着くと、出向く唐津と軽く挨拶を交わし事務所に入っていった。事務所の奥には黒縁眼鏡の男が座っていた。
唐桶工務は当時コンクリート運送のみの会社だった。後に製造も手掛ける会社となっていくが、その時はまだ人数も少なく企業の傘下、請負業として成り立っていた。そんな唐桶工務から、時折運転手の回し手として依頼されていた芳村は運送も運搬も人を繋ぐ舟のようなモノだと口癖のように言い、依頼される仕事を断ることはなかった。その日も二つ返事で仕事をこなしていった。
唐桶工務からの依頼は、重機の借り入れ及び申請、そして現場への重機運搬であった。芳村は依頼された通り申請を終え重機をビル建設の現場へ運び唐津と合流する。芳村は車の窓から顔を出し唐津の示す場所まで運び、依頼の書類と共に重機の鍵を手渡した。唐津ははいはいと書類に目を通した。
「てめー何やってんだ できもしねーのにすんじゃねーよ」
現場奥から罵声のような声が響き渡った。ビル建設に使用する資材置き場の片隅で殴るように肩を押し威嚇する男がいた。
「現場はどうしても ああなりますよね」
唐津は芳村に笑いながらその姿を見ていた。罵声のように繰り出される声は止まることを知らず、どんどん強くなっていった。
「これだから できねーやつはいらねーんだよ やっぱ頭わりーからか?」
何も言えず縮こまる相手に、苛つきをぶつけるように言い放たれていく。
「てめーみてーなくそは ここにくんな」
そう言い放つ男は相手を押し倒すように殴った。
「お前ら何やってんだ 何処の会社だ」
現場を取り仕切る監督がどこからともなく聞きつけ二人を制止するように間に入り、殴りつける男を取り押さえた。罵声のようにこだました荷捌き場内はざわつく声に、徐々に静けさを取り戻していった。
唐津はその光景に仕事への、人としての価値観を話だした。それは一般的なものであり常識的なものとも取れた言葉ではあったが、芳村はそれに言い返した。
「本来生きていく中で 知らないことは多々ありますが その人間性を見ずに 言い放つのはどうなんでしょう 環境や育ちは 選ぶことは出来ませんからね」
唐津はそうでしょうけどと、不意な言葉に苦笑いするしかなかった。
その後唐津は仕事を通して芳村と頻繁に会うようになり、町川のことも知るようになっていった。
それから二年が経ち、唐桶工務が製造にも携わり始めた頃、芳正運送は危機的な状況に直面していた。それは芳正運送社長の芳正が癌におかされ始めた事がきっかけだった。依頼される仕事は徐々に減り、給料も未払いになっていくほど傾きはじめた。自営業として生業する芳正運送は芳村の営業努力で培ってきた。その心臓部を失うことは、会社自体も失うことと同じだった。町川と他の助手はそんな芳村を知り、力を合わせ何とか依頼を継続させていったがそれでも一人一人と運送会社から離れていった。それは一人一人生活があるように家庭がある。守るべきものに、先の見えない状況を指をくわえて待つほど気楽なことではなかった。
そして病気の進行が早まり入院を余儀なくされた頃、芳村は町川を連れて会社の荷物用倉庫へとやって来た。
「祐吉 お前も他探してもいいんだぞ」
芳村は側を離れない町川に言った。町川はでもと、口を閉ざしている。
「お前な 人は皆同じなんだよ 同じなんだ 目があって鼻があって口がある 手や足 体があるんだ 何が違うんだ?」
芳村は町川の心にある思いに強く問いかけた。それは芳村自身にも問いかけているような言葉だった。町川は黙って聞いている。
「養護施設だろうと特殊教養だろうと何を比べることがある 比べることは人を見ないのと同じことだ 祐吉 お前がそれをしちゃダメだろ?お前は どんな人間にも同等に見れる目があるんだ 人に云えない過去があるやつが 人の奥を見ないでどうする?人を表だけ見てどうする?お前はお前のために生きていかなきゃ駄目なんだ お前は自分に捕らわれすぎだ 」
町川は芳村の言葉に唇を震わせた。
「それにな 俺はこうなっちまったけど終わりじゃない まだ先がある お前もまだ終わりじゃない」
芳村はそう言い切ると町川をクビにした。それは町川を思うからこその道義だった。町川はそれでも親のような芳村の側を離れようと出来なかった。
そして二年後、芳村は亡くなった。その知らせを聞いた唐津は町川を雇うことにした。それは芳村との約束だった。
「俺が亡くなったら祐吉を頼む あいつは一人にしちゃいけない あいつらみたいな子供は 他人が勝手に見放しちゃいけない あいつらは十分その事を味わっているんだ これ以上あいつらに 味わせちゃ駄目なんだ」
芳村と唐津は仕事で知り合ってから、幾度となく酒を酌み交わした。それは互いに感じていく優しさを知っていたから。
唐津は芳村が亡くなった数日後、受け渡された鍵を持ち荷物用倉庫に向かった。そこには埃がまうラックがあり、その上に紙袋が残されていた。
寄付申し立て書 親権譲渡 そして施設積み立て資金として町川の名前で残された通帳類い。
独身を貫いていた芳村は、町川を息子のように考えていたのはその袋を見ればわかった。
唐津は芳村の意思を引き継ぐように寄付を申し始めた。それから一年後町川は自動車運転免許証を取得し唐桶工務に入社した。




