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圭人が働き始めて4回目の冬が訪れた。
「お前そろそろ誕生日じゃねーか?」
雨が降りそうな黒い雲が流れ、冷たい風が吹き込んでくる場内の喫煙場所で寛は蒔と話していた。圭人はその二人の会話を耳に共有ポットからお茶を飲んでいた。
「だよな?、、、あっ俊あのな、、」
寛は場内の機械を点検し近づいてくる俊に声をかけた。
ーあと一息 力を込めて 正確に
休憩上がりに あと少しー
薄汚れたスピーカーから休憩終わりのアナウンスが流れ、「よしやっか」と持ち場へと一人一人戻っていった。圭人もお茶を一気に飲みほし、ヨシと声を張った。
「いーねーいーねー わけーのは」
「そんなことないですよ 寛さんもまだまだじゃないですか」
寛 祐司 48歳 バツ2。戻る圭人に寛は振り向き笑いかけた。
「言うねー んじゃおっさんもやっかな」
「はい」
圭人は持ち場に戻り、コンベヤで流されてくる型の枠にコンクリートを流し込んでいった。
鉄筋を骨組みとした型を一つの箱のように枠で囲い、製造された生コンクリートを流し込む。均等に流し込まれた型の表面をヘラで整えていく。その折、鉄筋の骨組みによって出来る隙間や空気を取り除くために電動コンクリートブレーカーを流し込んだ生コンクリートの中に刺し込み振動を与え隅々にまで行き渡せる。流し込む生コンクリートは場内の隣の製造タンクで造り、吊りコンベヤに乗せて型の上部へと運んでくる。
「ふぅ 寒っ」
圭人は吹きっさらしてくる冷たい風に縮こまるように肩をすくめていると叫ぶようにこだまする声が場内に響き渡った。熱々とした蒸気にくるまったコンクリートが、場内の蒸し庫から倒れ落ちてきていたのが見えた。
「大丈夫ですか?」
「おー大丈夫だ 間一髪だ」
「しゃんとしろよ テメーは」
「ひゃっひゃっひゃ」
熱する煙とまう土埃がその一画を覆い隠し、蒔の笑い声だけが一段と響く渡った。
「おい圭人 前見ろー」
「えっ?あ、、、おっと、、、すいません ありがとうございます」
圭人はその崩れ落ちる蒸し庫に気を取られ、流し入れる生コンクリートの量を大量にこぼしていた。隣の持ち場でヘラを入れ調整する寛に声を大にして謝った。
ー片付け 清掃 明日のために
今日も 一日 お疲れさまー
慌ただしく起こる場内に終業アナウンスが鳴った。
「とりあえず これかたしちまうべ」
「そだな」
「蒔 奢れよ?」
「マジっすか?」
蒸し庫から落ちた成形コンクリートを目に残業だと持ち場の人達は笑い、圭人は心配そうに近寄るも大丈夫だと言われ帰された。
「お先です お疲れさまでした」
圭人は挨拶を済ませ事務所前の駐輪場から自転車を押し、休憩時の話を思いだした。
「、、、誕生日、、、か」
施設で暮らした誕生日。一人で迎えた誕生日。人といる時間の大切さはもちろん、人の暖かみも今は理解している。しかし圭人はそんな思いに蓋をしていた。それは暖かな記憶を作れば作るほど自分の生い立ちを責めるような冷たい感情に蝕まれていくような気がして怖くて仕方がなかった。
圭人はその現れる感情を抑えるように自転車を漕いだ。無心になるように回転させる足は、楽しそうに手を繋ぐ恋人や子供を抱く親の姿を目にする度に遅くなっていった。何度も繰り返す感情の起伏にいたたまれなく、道を変えようとハンドルを切ると一本の電話がかかってきた。
「はい もしもし」
「おう 圭人か? 今どの辺だ?」
俊からの電話だ。圭人はその言葉に続けて場所を伝え、自転車を歩道にあげた。それから5分後、俊が車でやってきた。
「おう とりあえず乗れ」
俊は圭人の自転車をトランクに乗せ、圭人を家まで連れていった。
「俊さん これってどういうことですか?」
俊の家につくと、子供と妻が赤いとんがり帽子をかぶり出迎えていた。その後ろには折り紙で作られたアーチが飾られているのが見えた。
「おう 今日はこいつの誕生日でな」
俊は抱きつくように腕を広げる宏美を豪快に抱き抱えては言ってきた。宏美6歳、娘。俊は仕事で見せるような顔ではなく、甘い顔になっていた。
「お兄ちゃんも 来てくれたの?」
宏美は俊の肩越しに圭人を見つめた。圭人は躊躇いつつも頷いた。
「さぁ 宏美 火を消してー」
リビングに用意されたケーキを前に俊は宏美を膝に乗せた。せーのと大きな声を上げて勢いよくロウソクの火を吹き消す宏美はどことなく誇らしげだった。
「おめでとー宏美」
俊は宏美にキスをするように頬を擦り付けた。俊の妻由美も笑顔に宏美の手を握った。圭人はその暖かさに取り残されそうな感じがした。
「ねぇ お兄ちゃんどうしたの?」
瞬時的に感じる宏美は圭人の服を掴んだ。
「、、ううん 何でもないよ 宏美ちゃん おめでとう」
「えへへ ありがとー」
寂しそうに見る宏美の髪を撫でるように優しく手を添え、圭人は笑った。
そして笑い声の絶えない誕生日会は宏美と俊の独壇場となり由美がそれを見守る形で終りを迎えた。
「ったく 圭人も早く子供作れ そうすればよ」
楽しい会に箸が進み、何時もより酒の量が増えていった俊は愛する宏美を思い圭人にからみ、由美はにその辺にしときなさいよと笑いかけて宏美を寝かしつけに二階へと上っていった。
「圭人も な、、ほら 俺も小さい頃よく駄々こねては困らせてたんだけどな」
由美の心配をよそに、俊は赤い顔をしながら天井を眺め酒を流し込んだ。
「なぁ 圭人 お前はどうだった?子供の頃どうだった?」
俊はテーブルに覆い被さるように腕を組み、目を閉じて聞いてきた。圭人は言葉を詰まらせていた。それは自分の生い立ちのことは誰にも話していないからであり、面接の時に社長に話しただけで、その社長も「それは過去だ過去を見るやつは此処にはいない」と言ってくれた。
「。。。いや普通ですよ」
「いやいや 普通ってお前」
俊は酒に酔って圭人にからみ、由美は宏美を寝かしつけて階段を降りてきた。
「まだ飲んでるの?まったく、、ご免なさいね 圭人さん」
由美は二人を見ると圭人に笑いかけ、俊の頭を触るように叩いた。俊はだってよと言い訳しながら口をぐにょぐにょと動かし眠りに落ちていった。圭人はその幸せそうに赤く火照る俊の姿に胸を撫で下ろし、帰りますと由美に伝えた。由実は泊まっていきなさいよ、明日は休みなんでしょ?と言い返し、それにこの人が怒るからと手を添えて頼むように笑った。
圭人は初めて会う他人の家族に戸惑っていた。ましてや自分の家族というものを親というものを感覚として覚えていない。それに、暖かな家庭への嫉妬というものが無意識にも蘇ってくる。
由美はそれじゃぁとテーブルを片付け、改めて乾杯とグラスをかざした。そして眠りにつく俊を笑うように、俊の事、宏美の事、家族の事。そして母としての思いを愚痴るように聞かせてきた。グラス片手に独り言のように話すその大半は俊に対してのものだったが、微笑むように話す由美の顔はいたって幸せそうだった。圭人は隣でイビキを掻く俊を見た。
「あ、、あの由美さん 聞いてもいいですか?」
圭人は由美に視線を戻し、塞いでいた感情をそのままに口を動かした。それは馴れない酒の力が働きかけていたのかもしれない。幸せに写るその姿に嫉妬したのか救いを求めていたのかわからなかったが、由美は微笑み聞いていた。
「あの、、もし、、もしですよ もし、、」
圭人は由美に親が子を手放す事があるのかと聞いた。それは自分がされた境遇を他人に、ましてや俊の妻由美に心の隙間を委ねようとしていたのかもしれない。
由美は笑いながらないわよと圭人に言い返し、圭人はそうですよねと声を落とした。
「でもね 圭人さん もし手放し離れることがあるとしたら 私は 私はその子を殺して私も死ぬかもしれない」
「えっ?」
由美は圭人の言葉に真面目な顔に作り、俊と宏美を胸にグラスを見つめ話を続けた。
「私は俊と宏美を愛してる 自分のこと以上に愛してる それは 家族だからとかそんな言葉で片付けらるようなものじゃない だけど もし私の手から離れることになるとしたら 私はそれこそ生きてる意味がない それぐらい大切なもの」
圭人は由美の言葉に声も出なかった。
「でも それでも離れなきゃならないとしたら って考えたくもないけど そうなったら そうなってしまったら 心配で心配でおかしくなってしまうと思う それは 手放したことへの罪悪感だったり 失うことへと恐怖感だったり それに絶望感だったり、、、、自分を殺したくなると思う 殺しても殺しても殺しても足りないぐらいに いつまでも心をえぐられるように締め付けられる それはずっと続く」
由美は話ながら涙を流し、お酒って駄目ねとうつ向いた。それは自分がしてしまったのではと想像もしたくもないことに自分を取り込んでいったからに他ならなかった。圭人は由美の話に隠す自分の生い立ちを話した。それはしたくもない人に、知らなくてもいい人にそんなことを聞いてしまったことへの罪滅ぼしのような思いで、そして自分の親と由美は別の人間だということに、聞いた自分を許せなかった。そして全てを話した。
由美と圭人が互いに口を閉じると、横で眠っていた俊のいびきも静かになっていた。




