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4.舞浜姫奈という修羅について

 さらに数日後の放課後。

 その日も葵は手鏡を見ながら髪を直し、しゆきちゃんは幸せそうな笑顔でオレの隣に座って編みもの(たぶんマフラーだが、誰に送るつもりだろう)をし、オレは、ジンオウガと決闘を演じていた。

 厄介なのが軌道の変化する電撃だ。しかしそのチャージのため、しばらく無防備な状態になる。

 そこにガンランスで最大攻撃をかまし――たとき、まるで図ったかのようにドアが勢いよく横に滑った。


「お邪魔しますわよ! って、いったたたたた……」


 勢いよくスライドしたドアが壁に跳ね返り、乱入者の小奇麗な顔の側面にクリティカル。かなり痛そう……。

 頭に『ド』の付くほど完璧なブロンドに染め上げられた髪の下で、涙目がキラリと光る。

 いかにも高飛車っぽい人だ。髪には銀色のピンがかかっていて、金髪の中でかなり目立つ。

 ていうかこの金髪の人……、

 でけえ。

 何がとは言わないが、でけえ。女の子の翼というべき代物がでけえ。


「さ、茶道部……いえ、『モテ部』というのはここでよろしくて?」

「へっ? モテ部ってなんです?」


 しゆきちゃんが編む手を止めて不思議そうに顔を傾ける。かわいい。UFOキャッチャーでつかんで持ち帰りたい。

 と、そんなしゆきちゃんを肩越しににらんだ葵は「チッ!!」とヤンキーも真っ青な舌打ちをし、


「入部ありがとうございま~す♪ ちょっとこっちに来やがってくださ~い!」


 と丁寧な黒敬語で、自分よりちょっと背の高いその人の肩をつかんで部屋から引きずり出していく。


「ちょ、ちょっと、なによこの野蛮女……はなしなさいよ! はな……っ」


 ピシャリ。

 まるで連行されたような感じだ……。しゆきちゃんへの情報漏えいを防ぐためだろう。


「あれ……あの人、たしか」

「ん? しゆきちゃん知ってるの? 」

「ええ。たしか3年生の舞浜姫奈センパイですよ。この学校一かわいいってうわさの人です」

「へぇぇ。そんな人がモテ……茶道部になんの用だろうな」

「入部希望でしょうか……。でも、あんまり私じゃあ、仲良くできないかもですぅ……」

「なんで?」

「すっごい数の男の人と付き合ったり別れたりを繰り返してるらしいんですね。しゆきの聞いただけでも20人くらい……それも3年生に限らず、1年生や2年生でも」


 ……なんつーか、アレか。今時流行りのビッチってやつか……?


「ふーん。オレもそういう尻の軽い人は苦手だな。葵もそういうの嫌いそうだけど」


 そもそもなんでそんな人がモテ部にくるのか謎なんだが。別に必要ないだろうに。


「あ……センパイ、そういえば」

「ん?」


 見ると、しゆきちゃんは、なんかすっごい恥ずかしそうな顔でオレを上目遣いに見ていた。

 な、なにこれ。


「今、い、しゆきとセンパイ……二人きり、ですね……」

「え、あ? あぁ、そういやそうだな」


 なぬ? なにこの雰囲気。なんか急に照れくさくなって、スリープさせていたPSPを起動する。

 ジンオウガを片手にしゆきちゃんの方をチラリとのぞくと、いつもの赤いほっぺが一段と赤くなって、一心不乱に編み物を結っている。しかもなんか落ち着きなく正座を崩した足を入れ替えたり入れ替えたりしている。

 うっ……いかん。間が持たない、


「あのさっ」「センパイ、」


 うおおぉぉぅ!? なんたるシンクロナイズドタイミング!(現象命名:オレ)。

 オレとしゆきちゃんの目がかち合う。ちょっと黒に茶色がかった両目は、なんかの宝石みたいに綺麗で――顔はおっとりしてかわいくて、唇はルージュを塗ってないのにやわらかそうで……!






「2人ともーーーー!! 新入部員を紹介するわーーーー!!!!」


 ズザァァァァァァァァア!



 反射的にオレはコンマ1秒近い人間離れした動きをし、しゆきちゃんの反対側のたたみに滑り込んでPSPに没頭しているような姿勢を作る。


「あれ……ちょっと、真哉、今――」


 葵が不穏な声色でオレを見る。

 うわぁぁ、やめてくれやめてくれ、やめておくんなせぇぇぇい!!

 両足で耳を押さえて「わしゃあ知らんぞ! 知らん知らん!」と言いたい衝動に駆られるが、


「は、はぅい!? なななんでござんしょーか。なにかオレが不届きな真似でもしましたかね!?」

「……あんた――そんなに端っこでゲームやってると目ェ悪くなるわよ。窓の近くか電灯の下でしなさいよ」


 ズザァァァァァァァァア!



 ここの連中はオレにスラップスティック(※身体を張ったギャグ、主にズッコケなど)でも仕込む気か!?

 チャップリンに匹敵するような芸人を育てるスレはここですか? ここですね、わかります。


「聞いて! こっちは茶道部の新入部員、舞浜姫奈センパイよ」

「はじめましてですわ。3年C組、出席番号32番、舞浜姫奈と申します。親しみを込めて〝姫〟と呼んでいただいても結構ですわよ?」

「ああ、よろしく頼みます。舞浜センパイ」


 とオレが返事をした瞬間、舞浜さんの笑みがピキリと凍りついた。


「親しみを込めて『〝姫〟』と呼んでいただいても結構ですわよ?」

「ああ、よろしく頼みます。姫」


 おお? なんという状況再現。剣呑。

 とりあえずその日はそれで終わった。なんか、オレも、仲良くなるのは難しい気がした。


 あとで葵にメールで聞いてみたところ、どこから漏れたか分からないが、しっかりきっちりこの『モテ部』の主旨を理解した上で入りたいと言ったそうだ。

 しゆきちゃんが言っていた「20人近くと交際していたらしい」というのは葵は知らないみたいだった。

 仲が悪くなって欲しくもないので、オレは黙っていることにした。


 


「さて……いくか」


 日曜日。

 オレはジャケットとカーゴパンツに身を包み、意気揚々と自転車にまたがって家を出た。

 意識は臨戦態勢。この日のために修行に修行を積み、一騎当千の力をつけたつもりだ。魔境と呼ばれる場所で、1人残らず悪鬼羅刹を狩り取り、あまたの屍の上で勝利の雄たけびを上げるために――!

   


「だめでしたー♪」


 気合を入れて臨んだ格闘ゲームの大会だったが、見事に一回戦負けを喫した。

 一騎当千。(苦笑)。


「なんだよあれ……なんだよあの相手キャラ、ハメじゃねーかチキショー! どうしろってんだよ! やりこみすぎだろ! 廃人乙!!」


 とふてくされながら、そのまま帰るのもなんだかむなしいのでメダルゲームの投入口に怒りを込めて連続投入していく。

 せっかくこの日のためにそこそこ練習して、わざわざ隣町までチャリで来たっていうのに!

 ちょっとは接待プレイしてくれたっていいじゃない!

 なんだよ、100円を賽銭しにわざわざ40分もかけて来たんじゃねぇぞ! くそぅ!

 チャリンチャリンチャリンチャリン。ふぅ。よし終了。さぁ帰ろう。

 席を立ち、出口に向かう途中で格ゲーコーナーを横切る。

 すごい盛り上がりだ。時間的に考えてちょうど決勝戦でもしてるのだろうか。

 遠目にのぞくと、筐体の画面内で、まるで自分のやっていたのとは別のゲームのような俊敏な動きを繰り広げる2キャラ。やべえ、マジなんなのこいつら。

 と、その時――


「……え?」


 つい先日見たことのある背中が、片方の椅子に座っていた。



「そうね。あの時にあなたが打った無敵昇竜はちょっと安易すぎますわ。あそこはガードで様子を見て、わたくしがあからさまに狙っていたガー不に反撃を差し込むべきね。わたくしのキャラのガー不は42F(フレーム)でかなり遅い方に属しますから、見てからあなたのキャラの5Cを差し込めますわ。それと迂闊な微ダッシュけん制が多すぎます。どちらかというと置きけん制が強いキャラですから、もう少し遠めからCH(カウンター)確認を取ってダメージを取る立ち回りを心がけると相当よくなると思いますわよ! 次の機会を楽しみにしていますわ!」

「あ、ありがとうございます! 参考になりました!」


 決勝で下した相手へのアドバイスを一通り終え、ふぅ、と大会で優勝した少女は金髪を翻して、かけていたグラサンを直すと。

 その目の前で白い目をして立っていたオレを見て、ぎょっと固まった。


「……えぇっと、その……」

「…………ガタガタ」

「〝姫〟……ですよね?」


 すると舞浜センパイはだらだらと汗を流し、長い金髪を掻きあげて肩をすくめ、


「オオゥ? マイ、ハマ? そぅりぃ、ワタシニホンゴワカルノ、りっとるりっとる」


 なんだぁ外人さんかあ。

 っておい!!


「……『〝姫〟』……ですよね?」

「……ちょっとツラを貸してくださいませ」


 この人も大概の黒敬語使いだった。



 オレと舞浜センパイはゲームセンターのトイレの横のベンチに座り、なんか無言で渡されたジュースを片手に無言で座っている。

 やべえ。気まずすぎる。なんだこれ、しゆきちゃんの時とはまた一味違う気まずさだ。

 と、とりあえず、なんか、なんか会話を――


「あ、あのっ」

「ひぃッ!?」


 オレが勢いよく横を向くと、まるで急所でも突かれたような金切り声でのけぞる。

 えっと、ええっと……。


「そ、そのグラサン……似合ってますね」

「あ、あ? あ、あはは、ほほほほ!! 当たり前でしょう!? 某高級ブランド会社に特注して作ってもらった一品ですのよ!」

「なるほど! それのおかげで格ゲーの大会も優勝できるわけだ!」


 と、かなりの無茶なつなげ方で〝そちら〟の話しに持っていこうとするが、舞浜さんは「HA、HAHAHA……」と砂漠のごとく乾いた笑いを放つだけだった。


「…………。」

「…………。」

「………………幻滅しましたでしょう?」

「へ?」

「わたくしが……ガチ勢で……」


 自称ガチ勢。これはこの人、本物だ。そんな言葉は長年格ゲーをやっていないと身につかない。


「きっとあなたも知っていると思うのですが、わたくし……過去に50人近くの男性とお付き合いして……同じ数だけ〝フラれて〟いますの。それもこれも、楽しすぎる格ゲーがいけないのです! 突き詰めれば突き詰めるだけ結果が出てくるからやめられないんです! でも……そのせいで、誰よりも強くなってしまったせいで、誰からも引かれるぐらい強くなってしまって……」


 それで〝モテ部〟に……。


「はぁ、そうですか。けど安心しましたよ」

「え?」

「いや、ほら、ちょっと舞浜センパイって高飛車っぽいイメージがありましたからね。うまくやっていけるか心配だったんです。親近感沸きました」

「……あなた、おかしいと思いませんの? わたくしを……」

「別に思いませんよ。むしろすごいと思います。レディースってゲーセンじゃあ肩身狭いのに、それを忘れて没頭できてるんですから」


 と、オレが言うと「あはっ、で、でしょう!? もっともっと褒めてもらっても構いませんわよ!?」と昨日のようなテンションに戻る。


「よかったらオレにも教えてくださいよ! まだまだ始めたばっかで下手クソなんで」

「よ、よろしいですわよ! でも、わたくしの教えは生半可ではありませんわ! よろしくて?」

「はい、お願いします!」



「ほら! そこは反確(反撃確定)ポイントでしょう!? ちゃんとキャラ対を練りなさい!!」

「はいッ!」



「ダメ! 全ッ然ダメですわ! 自キャラくらい見ずに戦えるようにならないと! 中段なんて一生見えませんわよ!」

「は、はいっ!!」



「あーもう、何度言ったらわかんだよ!! 何度も同じパターンの固めからの投げを食らってんじゃねぇ! 投げ抜け仕込みガード使えよ! あとそのコンボより~3C>B昇竜>B竜巻〆の方がゲージ回収いいから、次やるときまでに手癖にしときな!!」

「ふぁ、ふぁい……もう……らめぇ……」


 賽銭額が100円から3000円になった日だった。

 てかセンパイ、キャラ変わってます……。

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