2.玖村葵というチガウちゃんについて
白いカーテン、リノリウムの天井。360°真っ白な視界の中に寝転がり、オレは銀レウスと一対一のデュエルを演じていた。
(注意するのはバインドボイス大だけ……しかしそんなもの、高級耳栓で既に対策済みだ!)
イヤホンをつけ、保健室のベッドで寝転がって絶賛モンハン中。ぶっちゃけ数学とかマジだるいっす。
と、銀レウスの足取りが重くなる。瀕死状態なのだ。もう一押し……!
その時、
「……どわっ!?」
気合を入れて寝返りを打った先にベッドがなかった。
バランスを崩して腰が反転し、PSPが床に落ちる――のを手を伸ばしてなんとかキャッチ。
だがしかし。
テテテテテーーーン♪
「♪じゃねーよ!!」
イヤホンのコードがPSPから抜けてしまい、熱いBGMが現実世界に炸裂。
Oh...My God...!! なんたる失態。
けどたしか、金曜のこの時間は職員会議で、養護教諭も出払っていて、誰もここにはいないはず。
落ち着いてコードをもう一度差込み、最後の一押しを畳み掛ける瞬間、
バササササー、と。
カーテンが、開いた。
「……なにしてるの、アンタ」
そこには、同じくベッドに寝転がる、目のやたら鋭い、見知った顔があった。
桃色の長髪にミサンガを巻き、左右違う色の目をした女。
「……あ……れ……? くむらあおい、さん。どうしたんスか、生理スか……?」
ギロリ。そんなジョーダン(我ながら考えうる最悪のセンスの)を意に介さず、そこにいた女、玖村葵の視線は一直線にオレのPSPに突き刺さっていた。
「なにしてるの、アンタ」
「違うんです」
「なにが違うんです?」
「決して、数学をサボってモンハンに興じていたわけではなく――」
「なく?」
「銀レウスと宿命の決闘を繰り広げていただけです。オレがやつを呼んだわけじゃなく、やつがオレを呼んだんです。不可抗力ッス」
「………………。」
バササササー。
閉められた……。しかも無表情で。
なんか……面白いことを言えなくて続きを遮断される芸人のTV番組を思い出した。
これは厄介なことになった。あいつ、玖村葵とは小学校からの付き合いだが、なにかにつけていつもオレに突っかかってくる危険な女だ。
高校二年の今は隣のクラスだが、小学校の時に給食のデザートのプリンを争ってガチで殴り合いをしたぐらい仲が良い。
バラされたらどうしよう、って、ああああああ!!
「炎ブレスに焼かれてる!!!!」
上手に焼けましたー☆ って次元じゃねえよコレ!
大事ななにかを2つ以上いっぺんに失った気がした、4月下旬の午後だった。
☆
玖村葵がオレの机に『茶道部 入部届け』と書かれた紙切れを叩きつけてきたのは、終礼のHRが終わってすぐだった。
「えーと……なんスか、これ」
「はぁ? アンタの目は相変わらず節穴ね。見て分からない? 入部届けよ、フシアナくん」
「視力1.5なめんな。オレが聞きたいのはコレをオレにどうしろってことだ」
「察しが悪いわね、サッシくん。これを記入して今すぐ職員室に持っていくのよ、キニューくん」
「どうでもいいけどニックネームは統一してくれ。……いや、だからなんで?」
「〝なんで〟……? あんた、あたしのやることに反対する権利あるの?」
くっ、なるほど。つまり今現在、オレは目の前の暴力大魔王に命を握られている身らしい。
「……で、この嫌がらせか。茶道部って先月に3年生が卒業して、メンバー不在で凍結中だろ? オレをそこに入れて困ってるところをほくそ笑むってスンポーですか、スンポーちゃん」
「へ? あぁ、そういうのもアリね……でも違うわよ、チガウくん」
アリかも、とか言うあたりお前が人間としてチガウちゃんなんだけど。
「ちょっとあたし、新しいことをはじめてみようと思ってね。茶道部の名義をもらおうと思ってるの。で、部活としてやってくには最低3人必要なの。あんた2号ね」
「はぁ……。内容は?」
「入ったら話す」
「入らなかったら?」
「DEATH」
「デスよね~……ははっ」
無様に入部届けに書かされた『城之崎 真哉』の名前の横には、一滴の悲しいシミが落ちていた。
と、思う。
☆
「ふぅ……こんなもんかしら」
放課後の小一時間ほど葵と茶道部の部室を掃除した。
その間、これといって会話やドキドキの展開はなかった。なくて良かった。
比較的痛みの少ない真新しいたたみが六畳ほど敷かれた部屋だ。オレはぞうきんを絞り、黒い水をバケツに落として、すぐ横のハンガーへかけた。
「――で、そろそろ教えろよ。なにが目的だ。……はっ、ま、まさかオレの身体目当て……!?」
「9回裏ツーアウトから50点ひっくり返すくらいそんな気ないわ」
どういう意味だ。発揮される日本語のセンスがノーコンだ。
と、葵は畳みに腰掛けて髪をいじり、なんか急に頬を染めてモジモジしだした。
まさか、言ったハナから9回裏ツーアウトから50点……ひっくり返るのか?
「あ、あんたもどうせ知ってるんでしょ……あたしが……その、」
「あぁ?」
「先輩に告白して、フラれ……たって、こと」
……?
「いや、初耳だが」
「ふん……まぁ、どっちでもいいわ。でね、その時にフラれた文句が――」
「女の子らしくない、とかか? まさかねー、あっははは」
「……ぅぅ」
「はっはっはっ、……はぁぁぁぁぁ!? ちょとおおお! 泣くなよそんなことで!」
「そんなことじゃないっ!」
ぎくっ、とオレは肩を揺らした。馬鹿言った……。オレにとってはそんなことでも、こいつにとっては大したことだろうに。
えっ、えっ、と嗚咽を漏らしながら大粒の涙を流す葵に、オレは所在なさげに頭をかいた。
「で、それとこれとどんな関係があるんだよ。説明はしろ」
女の子を慰めるほど舌が回るオレじゃない。だからこの場合、先をうながすのがオレにとっての最善だ。
「まさか保健室にいたのもそのショックか? ――だろうな。お前が欠席したのなんか見たことないし」
「ウン……だから、先輩を見返すために……」
(女の子らしくおしとやかに茶道部、か)
「モテモテになりたいって思ってね」
ん?
「……びみょょょうに意味違わない?」
「違わないわよ!! もうあったまにきたの! だから先輩がうらやましくなるくらい、モテるようになりたいの! 以後、この部は『茶道部』の皮をかぶった『女流モテ術研究部』よ!!」
なに言ってるかちょっとよく分からないけど、そういうことらしい。
つまり、
こいつがフラれたやけくそに付き合わされるってこと?
そんな感じで一日目が終わった。もう、なんか、色々終わった気がした。




