第7話 自動治癒能力のデメリットについて
辺境伯のリュカオン様が早々に目覚めてくれたお陰で私はあっさりと屋敷に迎えられた。
自室まで運ばれたリサ先輩を追ってベッドに寝かせられた彼女を見守る。
「良かった……今はただ眠っているみたい」
彼女の表情から苦悶は消え、暫く睡眠を摂ればその内目を覚ますだろう。
外傷は無いし特に私が新しく治癒する必要は無い。
そもそも私は立っているだけで一定間隔にいる生物を自動的に癒すのだ。
「……あ」
そこまで考えて私はあることに気付いた。
辺境騎士たちが戦っているらしき瘴気に汚染された魔物。
確か瘴気に汚染された動物が魔物になるという話だ。
もしかしてその魔物たちにも私の治癒が適応されてしまったらどうしよう。
置いて来た騎士たちのことを考えると焦りがわいてくる。
「あの魔熊は……アッくんが速攻で湖に突き落としたけど」
傷が癒えるのを待たずに止めを刺すのが一番良いのかもしれない。
問題はそれが簡単に出来る行為なのかという話なのだ。
瘴気にとって私の治癒能力は天敵のようなものだが、動物の部分にはどう反応するのか。
「領主のおっさ……じゃなくリュカオン様に確認しなければいけないわね」
私はそう結論付けた。
そして部屋に来た誰かやリサ先輩が目覚めた時の為ペンで書いたメモを置いていく。
読み書きを熱心に学べたのは学園に入って良かったと思う数少ない部分だ。
教会が運営している孤児院でも簡単な読み書きについては教えて貰えるが、どうしても教師役は足りなかった。
人数も知識も両方だ。
「まあ、貴族様たちと比べても仕方ないけれど」
私は呟いて部屋を出る。
そして少し歩くとメイド服を着た女性が丁寧に窓を拭いていた。
「あの、お忙しいところ申し訳御座いません」
「いいえ、どうかなさいましたか?」
「リュカオン様に急ぎで相談したいことがあるのですが……」
「若様ですか、少しお待ちくださいませ」
そう告げるとメイドはどこかへ小走りで行ってしまった。
「若様……」
私は目を丸くしたが、確か先代から辺境伯の地位を継いだのは二年前だとリュカオン様は言っていた。
だからまだ辺境伯の息子というイメージが使用人たちにも強いのだろう。あの屈強で精悍な騎士が屋敷で若様と呼ばれていること自体は少し面白かった。
邪魔にならないよう廊下の端に寄って数分ほど待っていると、先程のメイドらしき人が大柄な男性を連れてやってきた。
距離が近づくにつれそれがリュカオン様だと気付く。
まさか窓を拭いていたメイドさんが直接屋敷の主人を廊下まで連れて来るとは思わなかった。
それを一瞬非常識と考えた自分に少し驚く。予想以上に貴族学園の思想に毒されていたようだ。
(平等と自由を声高に謳っていた学園で身分差を叩き込まれるなんて皮肉な話ね)
少なくともこの屋敷では問題ないことなのだ。私は迅速なメイドとリュカオン様の行動に感謝した。
「聖女アイラ、俺に何か用か?」
そう武装を解いた姿のリュカオン様が聞いてくる。
その頬にパンくずがついていた。恐らく食事中だったのだろう。申し訳なくなった。
さっさと用件を済ませて食事に戻って頂こう。
私の心配が杞憂に過ぎないと良いのだけれど。そう思いながら口を開く。
「実は私の治癒の加護ですが、一定範囲内に存在する生物を自動的に癒してしまうのです」
「えっ」
「うん?」
メイドさんとリュカオン様が目を丸くする。まあ、普通はそういう反応だろう。
「それで、騎士様たちが戦っている魔物も瘴気を消した上で癒してしまうかもしれないと思いまして……」
私がそう告げるとリュカオン様は少し考えこんだ。
しかしその表情に迷惑がるような様子は見受けられない。それに少しホッとする。
その間にメイドさんは一礼して去って行った。
「……考えたが、別にそれは問題無いと思うぞ。厄介なのは瘴気による汚染だ」
「ですが魔熊がただの狂暴な熊になってしまう可能性も」
「ハハッ、ただの熊など俺たちが一撃で仕留めればいいだけだ!」
リュカオン様はそう言って豪快に笑った。そんなものなのか。
確かに私もアッくんに指示して似たようなことは先程したけれど。
「それに瘴気に汚染された動物は痛みに鈍感になり体が動く限り元気に暴れる。なので今までと変わらん」
「そうだったのですか……」
「だから瘴気を祓いただの獣にしてくれた上で、俺たちを癒してくれる聖女様は非常に有難い存在だ」
そう言いながらリュカオン様は私の頭を子供にするようにポンポンと大きな掌で軽く叩いた。
「でもその可能性に気付くなんて賢いな、流石王族や貴族しかいないような学園に特別枠で入っただけある」
「それは聖女としての能力が買われたからであって、私が賢いからではありません」
私が言うと、そうなのかとリュカオン様は首を傾げた。
そうだ。私は賢くない。学園での成績は頑張っても下の方で小等部に行けと教師にすら言われていた。
実際叶うなら私だってそっちの方が良かった。身の丈に合った勉強が出来て、何よりあの王太子から離れられるのだから。
「まあその治癒能力だけでも王族貴族は傍に置いておきたいと思うだろう。しかしそれが急に居なくなったとなると……学園は大変なことになるかもな」
俺たちにとっては待ち望んだ救援だが。
そう言ってリュカオン様は頭をポリポリと掻いた。




