第6話 聖女の役割
辺境伯邸がほぼ真下まで来た時に私は気づく。
「何か、予想より大きい……?」
下手したら貴族学園よりも大きいかもしれない。
屋敷部分だけなら当然だが後者の方が巨大だ。
ただ城壁のような立派な防壁に囲まれた敷地が広すぎるのだ。
しかし校庭のように何もない訳では無い。
それは下がって行く程に鮮明になって行った。
「沢山の畑と……幾つかの畜舎と一軒家と……村みたい」
いや流石に村よりは規模が小さいだろうか。
しかし私が知る貴族の屋敷とは全く違うのは確かだ。
立派な壁の内側に複数家庭の生活が存在する。
その奥にある屋敷が小さな城のように見えた。
私は元々この辺境こそが王都だったことを思い出す。
「小王都……なんてね」
「それは光栄だな」
独り言を呟いて照れ笑いしていたら、突然返事が聞こえて体が跳ね上がる。
するとたくましい腕が伸びて来て私を抱き寄せた。
「おっと、落ちるぞ」
「ひっ……大丈夫です」
悲鳴をあげそうになるのを耐え、私は返す。
生まれた頃から孤児だった私は父親の顔も知らない。
大聖女様に保護された後は女性だけの空間で暮らしていた。
貴族学園や下宿代わりの男爵家には当然異性もいたが触ってくるような人物はいなかった。
そう、あのバカ王太子を除いては。
髪を撫でてきたり肩に触れてきたり、手を繋ごうとしてきたり本当に無理だった。
犬猫と同じ扱いをしていたらしいけれど、だとしても無理だ。
(私、自分が思うより王太子に触られるの嫌だったのね)
そんなことを考えている内にたくましい腕は私から離れて行った。
「すまない、お嬢さん相手に馴れ馴れしかったな」
「いえ、私が落ちないようにしてくれたんですよね」
「ああ……ところで、この鳥はお嬢さんのペットかい?」
そう辺境伯が尋ねる。
私が答える前に、抗議の鳴き声が上がった。
「ペットじゃないですね。教会がつけた私の監視役というか」
「そうなのか。教会も凄いのを飼っているんだな」
感心したように彼は言う。
「こんな大きな鳥を軍馬のように使役出来たら討伐の仕事も助かるんだが……」
「聖鳥は聖女の魔力で大きくなるので、騎士の方には扱えないと思います」
私が答えると、残念そうな顔をされた。
確かに自由に空を飛べ戦える巨大な鳥が味方に居たら魔物の討伐も楽になるだろう。
「まあ、そう上手い話は無いか。お嬢さんたちのような聖女を派遣してくださるだけ教会は有難い」
「あの、お嬢さんは止めていただけますか辺境伯様。アイラと呼んで頂ければ」
「なら俺はリュカオンでもリュカでも、領主のおっさんでも好きに呼んでくれ」
辺境伯の言葉に思わず吹き出してしまう。
本当にこの人は貴族様なのだろうか。
「おっさんって……リュカオン様はまだ二十代ぐらいでしょう?」
「いや、ギリギリ十代だな」
「え」
リュカオン様の言葉に私は固まった。
しかし彼はそんな反応は慣れっこのように言葉を続ける。
「親父殿が足をやっちまってな、二年前に後を継いだばかりの十八歳だ」
だからひよっこって言っただろ。
そう悪戯っぽい笑顔を浮かべると一気に若々しくなる。
「も、申し訳ございません」
「いいんだ、辺境で暮らす奴は王都よりも老けがちだからな」
そう言いながら彼はまだ気を失ったままのリサ先輩を見つめる。
確かに彼女は暫く見ない内に何歳も老け込んだように見えた。
「聖女リサもその力で救ってくれたんだな、彼女の老け込みようは見ていられなかった」
「……限界を超えてまで力を使い続けたのだと思います」
私が告げるとリュカオン様は申し訳ないことをしたと沈鬱な声で言った。
「限界が来ているのはわかっていて教会に交代は頼んだ。でも新しい聖女が来るまで休ませてやることが出来なかった」
「リュカオン様……」
「それぐらい今の辺境は限界だ。それでも……助けてくれるか?」
縋るように言われる。ここで私が嫌だと言ったらどうするのだろうと思った。
わかっている。嫌だと言っても私に拒否権は無い。
ただ彼は聖女を使い潰す罪悪感に耐え切れなくなっているのだ。
だってまだ十八歳の領主になりたての青年なのだ。王都の貴族なら学校を卒業したてぐらいだろう。
私はにこりと笑った。
「その為の聖女ですから」
途端、空を覆っていた雲が去りわざとらしく青い空になる。
当たり前だがこの世界には神がいる。
そして私の回答はその神とやらの満足いくものだったのだろう。
神は苦しむ人間を直接助けたりはしないけれど。
「私はその為に神に遣わされた存在です」
祈りの形で手を組んで告げると若き辺境伯は一瞬泣きそうな目をした。
「……ありがとう」
学園では滅多に言われなかった心からの感謝に私の胸は震える。
こういう人たちの為に力を使った結果なら、多少老けても悪くないかなと思った。
多分リサ先輩も同じ気持ちだったのだろう。
だって私たちは良くも悪くも聖女として育てられたのだから。
(私はまだ候補だけどね)
そう心の中で舌を出している内に私たちは辺境伯邸の入口へと近づいて行った。




