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第5話 辺境伯に血を分け与える

 この場で一番偉い人が気絶したので周囲は大慌てだった。


「どうしても倒したい敵や果たしたい目的はありますか?」


 私はこの場で最年長らしき騎士にそう質問する。

 彼は驚いた顔をしたがすぐに冷静さを取り戻し首を振った。


「討伐対象の巨魔熊は彼女が仕留めた。撤退するぞ!」


 そう宣言すると残った騎士たちが元気よく返事をする。

 私というか聖鳥が倒したのだが、指摘するのは止めておいた。

 それより気絶している面々を安全な場所で休ませることが優先だ。


(顔が青いし指先が冷たい、出血が多過ぎたのだわ)


 私の治癒でさえ補いきれない程の血を辺境伯は流したのだ。

 そのことに今更ながら体が震える気がした。


 自分が癒しきれない程の重傷者があっさりと出て来る。これが辺境なのかと。

 そして皆緊張した顔をしているが誰もパニックにはなっていない。

 生徒達が転んだだけで従者が慌ててやってくる王都のが貴族学園と環境が違い過ぎる。


(私も気を引き締めないと)


 そう胸中で決意し私は先程話しかけた男性に再度声をかける。


「あの、気絶している二人なら私と聖鳥が運ぶことが出来ると思います」

「それは有難いですが、どこに運べばいいか御存知ですか?」


 突然現れた小娘に対し丁寧に言葉を返してくれる彼に私はささやかな好感を抱いた。


「この付近で一番大きなお屋敷で合っていますか? 塀が凄くて砦のようになっている……」

「そうですね、そちらが辺境伯邸になっております。お願いできますか」

「任せてください」


 私の雑な説明で理解してくれたらしい彼は私に頼んできた。

 こちらから言い出したことなので頷く。


「助かります、弱っている人間はなるべくこの森から離したいので……」


 そう言って騎士は後ろを振り向いた。

 確かに森からは尽きそうにない瘴気が生まれている。


 私の治癒の加護が自動で周囲を浄化し続けているが、その範囲から少しでも外れれば瘴気塗れになるだろう。

 そして瘴気は弱った生き物から優先的に取りつき魔物にしていく。そう私は教会で習った。


 騎士たちに手伝って貰って聖女と辺境伯を巨大化させた聖鳥に乗せる。


「では、お屋敷で会いましょう。どうか貴方たちも無事帰って来て下さい」


 私はそう騎士たちに告げると場を後にした。

 ぐんぐんと高度を上げて騎士たちが豆粒のようになっていく。


 辺境の加護を担当していた聖女、彼女は私の教会での先輩だった。

 怪我はないがその整った顔は疲労のせいで年齢よりもずっと老いている。


「活力譲渡」


 私は彼女に自分の中の生命力を分ける。

 少しだけ体がだるくなったがリサ先輩の顔が若々しさを取り戻したからよしとする。


「こちらは……仕方ないか」


 私は少し躊躇うと旅行鞄からナイフを取り出した。

 そして自分の指先に刃先を走らせる。

 血が止まり皮膚が癒える前に指先を彼の口に突っ込んだ。


「血液譲渡」


 数年前に一回だけ大聖女様に指導された簡易輸血魔法の方法を思い出したのだ。

 まさか自分が実際に使うとは思わなかった。

 そして指を軽く切り裂くだけのことさえ躊躇う程自分が臆病になっていたことに気付く。


「甘ちゃんになったのは私も同じだったのかもね」


 精神的負荷は非常に強かったが、学園内で怪我をすることは無かった。

 後見代わりだった男爵邸でも出来る限り大切に扱ってくれた。徹夜で勉強などはさせられたが。


 けれど辺境では当たり前に血が流れるのだ。魔物でも人間でも等しく。

 辺境伯の顔色が大分良くなったのを確認し私は指を彼の唇から離した。


 そしてやることが無い為、目を閉じて横たわっている彼の観察する。

 多分二十代半ばか後半ぐらいだろう。がっしりとした筋肉質の長身だ。


 辺境伯らしいが私が見て来た貴族のイメージからは大分離れている。

 物語で見た騎士や将軍と言った呼称の方が合っている気がする。


(でも貴族でも将軍や騎士にはなるんだっけ)


 貴族学園の男子生徒達を思い出す。

 しかし目の前の彼と比べると全員線が細く、まともに戦えない気がした。

 学園を卒業してから体を鍛えるのかもしれない。


 日に焼けた肌に燃えるような赤い髪。

 瞳は確か濃い緑だった。


 本来の森はあのような緑色だったのだろうか。

 そんなことをふと考えながら、私は自分が離れた今再び瘴気でどす黒く染まる森を聖鳥の背で眺めた。


 一時的な治癒や浄化だけでは解決できない難問が辺境の地にあることを私は早速知ったのだ。


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