第55話 花乙女の涙石
正直、怒られそうなことを真っ先に私は思った。
(女神様って実在するんだ……)
加護を授けて貰ってる分際で不遜にも程がある。
ただ私にとって女神とは人とは全く違う存在で、こうやって声を聞いたり個性を認識できるとは思わなかったのだ。
いや、理由は分からないけれどそう思いたくなかったのかもしれない。
『黒髪の娘よ、プロシアはとうの昔に死んだぞ』
「えっ」
唐突に女神像が私に話しかける。
そのこともだが、その内容に私は驚愕した。
『あれは人間と同じぐらいにしか生きない、だから人間の伴侶を求めたのだ』
「……そうだったの、ですか」
姉女神シルティアが何の意図があって教えてくれたかはわからない。
ただそれは私が心の奥底で欲しがっていた答えではあった。
『だから二百年前に聖女が苦しんでも助けてやれなかった』
ああ、それなら納得だ。
女神は既に亡くなっていたのだから。
「では、二百年前の暴走は……」
身なりの良い年配の男女の、男性の方が問いかける。
『単純に聖女が絶望し全てを呪っただけだ』
そちらはあまり明言して欲しく無かったなと思う。
人間の姿に戻ったティアロ王太子が興奮して甲高く鳴いた。
『勘違いをするなよ』
脅しをかけるかのように女神像が威圧的な声を発する。
『この国に与えた千人の乙女たちも神性を持っていた、妾たちの侍女をしていたのだからな』
まあ彼女達も女神プロシアの命で嫁ぐ前は天上で暮らしていたのだからそれはそうだろう。
『つまりこの国を襲ったのは女神の怒りで間違いないということだ』
そう姉女神シルティアが言うと中年の夫婦は一瞬硬直してから平伏した。
しかしこの二人、どこかで見覚えがある。
内心首を傾げている私にリュカオン様がそっと耳打ちをする。
「……国王夫妻だぞ」
「あっ」
そうか、だからうっすら見覚えがあったのか。
それに女性の方はティアロ王太子によく似ていた。
しかし意外な程びっくりしない。
本来は恐れ多いと平伏すべきなのだろう。
国王夫妻と一室にいるなんてことすら一生に一度あるか無いかだ。
(でも今女神様が降臨されてるし……)
比較するものでは無いのだろうがどうしても優先順位は下がる。
しかし二人は何故この場にいるのだろうか。
多分ティアロに関することだろうが、だとして私たちが呼び出された意味は何だろう。
確かに迷惑をかけられたが、彼が隣国の第二王子を侮辱した件の方が流石に優先されるだろう。
国際問題にまで私が関与していいのだろうか。
そんな小者めいたことを考えているとジルコン殿下がこちらを見て安心するようにと微笑んだ。
それだけで落ち着く。
こういうのを王太子に求めていたんだよなと内心不遜なことを思った。
ティアロ王太子も上辺だけ見ればニコニコと鷹揚ではあったから油断は出来ないけれど。
ただ王太子は私のことを遊びに連れ回していた時もずっと呼び捨てにしていたからやっぱり王族としても違う人間だろう。
「どうか……愚息に人の言葉をお戻し頂けませんか」
そう国王陛下が苦し気に女神像へと頼む。
私以外にもティアロ王太子は豚の真似をしている状態で見えているのか。
それは親としては辛いだろう。
『ペリステラ、望みを言え』
「……花乙女の涙石を」
女神像が見知らぬ言葉を発したと思ったら大聖女様が答える。
もしかしてペリステラというのは彼女の名前なのだろうか。
長年教会で暮らしていて一度も聞いた覚えが無かったが、そうだという確信が生まれた。
「……こちらよ」
そう王妃と思われる美女が小さな宝石箱を差し出す。
美しい顔立ちをしているけれどやつれている。
雰囲気はティアロの婚約者のパール公爵令嬢に似ていた。
大聖女様はそんな王妃を前に無表情でいる。
「本当に戻しても宜しいのですか?」
確認するように告げる彼女に国王夫妻は顔を見合わせた末に頷いた。
「愚かでも王の子です、あのような姿を晒し続けるのは可哀想ですわ」
「自分たちが見たくないだけだと言えばいいのに」
そう言って大聖女様は宝石箱を取り上げ中身を確認する。
そして何故か私にそれを差し出した。
「この宝玉があれば腕輪を新しく作れますよアイラ」
愚かな子供でも一回だけは人の役に立ちましたね。
そう微笑みもせずに大聖女様は言った。




