第56話 王太子ティアロが縋りついたもの
これで辺境と暴走した聖女を救えるかもしれない。
喜びと興奮を感じながら綺麗な石を受け取る。
けれど同時に大きな不安に襲われてもいた。
王妃様の気持ちは推測できる。
自分の息子が豚の鳴き声を発し続けるのを見ているのは辛いだろう。
(でも大丈夫かな)
ティアロには前科がある。
まず教会からの命令で貴族学園に通っていた私を大勢の前で罵倒したこと。
そして隣国の第二王子も罵倒したらしいこと。
昔リュカオン様にも失礼な発言をしたこと。
何より自分の口の悪さについて全く反省してなさそうなのが一番不味い。
女神の前でも己を曲げなかったらどうしよう。
今度は豚にされるだけではすまないかもしれない。
ただ、彼の判断基準は身分だ。
(なら逆に女神という人の上に立つ大いなる存在には不敬を働かないのでは……?)
そんなことを考えている間に「戻してやったぞ」と女神像が言った。
さて、どうなるのか。
私や恐らく他の人たちもドキドキしながらティアロ王太子の言葉を待つ。
彼は隣国の女神が宿った女神像に向かって言った。
「お会いしたかったです、お婆さま!」
「……へ?」
目をキラキラとさせてティアロがお婆様と呼んだのは女神像。
繰り返すが隣国の女神シルティア様が宿った女神像だ。
「ど、どういうこと……?」
「成程、中途半端に知識を与えましたね」
そう大聖女様は国王夫妻を冷たい目で見つめる。
しかし二人とも青い顔をしてブンブンと首を振った。
「ち、ちが……儂はそんなこと一言も」
「わ、私だってあんな無礼な振る舞いをするような……あっ」
国王に同意しかけた王妃が何かを思い出したように小さく叫ぶ。
途端に集中した複数の視線に対し慌てたように彼女は口を開いた。
「違うのです、私はあの子が女神の血を引くと昔一度話しただけで……!」
「その女神がシルティア様ってことですか?」
「そんな訳無いでしょう!」
私の指摘に王妃は強い口調で否定した。
じゃあ何でティアロは隣国の女神を祖母扱いし出したのだろう。
確かに彼女が入っているのはこの国の女神ブロシア様の像ではあるが。
シルティア様すら理由がわからないようでティアロに問いかけていた。
『何故妾を祖母扱いする?』
「貴方はこの国の女神の姉ですよね、つまり僕の先祖で祖母のようなものだ!」
『……何?』
「そしてこの国に来たのは子孫の僕を助ける為でしょう? 先程のはちょっとからかってみたくなっただけで」
『……何を言っている?』
凄い、人外の神様さえ困惑させている。
ここまでくると逆に感心してしまうな。そんなことを私はティアロ王太子に思った。
「リュカオン様はお婆様呼び理解出来ますか、私孤児だからよくわからなくて……」
「いやそれは孤児関係なく、いや確かに祖母の妹をお婆様呼びしたことはあるが……」
しかしそういう問題では無いだろう。
私の疑問に悩みつつ答えたリュカオン様はそう締めくくる。
「お婆様、あの聖女に謝罪させてください。今回の騒動の元凶は彼女なのです!」
「ティアロ、もう、もう止めてぇっ!」
「黙ってください母上、貴方だって女神の血を引いていない癖に!」
泣き叫び息子を止める母親すらティアロは見下す。
しかし次の瞬間その得意げな顔は凍り付いた。
『いや貴様もだぞ』
「えっ」
『二百年前の大罪の時点で罰として王族からブロシアの血も加護も抜いておる』
あれ以上愚妹の名も血も汚されたくなかったからな。
そうどこか悲し気にシルティア様は言った。




