第53話 王太子ティアロの美醜
どうしてこうなったのか。
少し前まで取り巻きだった男たちに縄で縛られティアロは屈辱に身を震わせた。
罪の意識はあるのか皆酷く顔を歪めているがそれで罪が軽くなるわけではない。
「貴様ら、この僕にこのような真似をして一族郎党処刑される覚悟は出来ているのだろうな!」
そう叫ぶと周囲の人間がビクリと肩を跳ねさせる。
なのに誰一人として縄を解き罪人たちを拘束しようとはしない。
周囲にいるのは貴族の子息たちだというのに何て使えない連中なのだろう。
この国の未来をティアロは憂いた。
「別にここまできつく縛る必要は無いのでは?」
怒りに震えた耳に唯一まとも寄りの発言が聞こえる。
「そうだ、早く僕を解放しろ!」
顔を上げて叫んだティアロは固まる。
その発言をしたのは醜い隣国の第二王子だったからだ。
このようなことになったのはこいつが元凶だ。
ティアロは第二王子を睨みつけた。
「偽善者が、全部お前の差し金だろう!」
「少なくとも君の行動については冤罪でしか無いよ」
まさか一国の王太子があんな真似をするとは思わなかったから。
淡々と言われティアロは頬が熱くなった。
確かに常に優雅で冷静な己らしくなかったと思う。
けれど元とはいえ婚約者だったパールがこのような醜男に汚されるのだけは我慢ならなかった。
騎士道精神のようなものだ。
「黙れ、自国では相手にされずこの国に女漁りをしに来たのだろう!」
そう言い返すと周囲から悲鳴が上がった。
けれど第二王子は黙っている。それが逆に不気味で容姿も含めて魔物のようだった。
「アロイス公爵令嬢とそのような関係になることは決してない、寧ろ君の方が彼女の名誉を穢している」
「嘘を吐くな、もう既に手を付けたからパールは貴様に媚びを売るのだろう」
「違うよ、君が婚約者で無くなったから別の嫁ぎ先を見つけようと必死なだけだ」
彼女自身がというより彼女の家がね。
第二王子の言葉にパールが体を震わせた。
「だとしても貴様だけは認めない、彼女が不幸になるだけだ!」
「彼女を不幸にしたのは君だろう?」
その言葉が耳に入った瞬間、鳥肌が立った。
理由がわからず戸惑っているティアロの前に隣国の第二王子が足を運ぶ。
縛られ床に這わされているティアロは彼からの暴力を恐れた。
しかしそれは訪れない。
「君が婚約者を一途に大切にして、聖女にちょっかいをかけなければアロイス嬢はこんなにも苦しまなくて良かったんだよ」
「それは……聖女候補風情が勘違いをして王太子である僕を侮辱したから!」
そう言った瞬間周囲が悲鳴を上げる。
そして第二王子が顔を歪めた。
「醜い……」
その言葉を聞いた瞬間怒りで死にそうになる。
「貴様がその顔で言うな!」
「君が僕の容姿に対し感じている不快さの数百倍、今の君は周囲におぞましいと思われているよ」
「何故だ、貴様の仕業か」
「違うよ、女神様だよ」
「女神……?」
「流石に女神様のことは知っているよね?」
子供に尋ねるように言われティアロは侮辱されたと感じる。
知らない筈が無い。
この国の女神の血をティアロは引いているのだから。
幼い頃体が弱く頻繁に咳き込むティアロを母である王妃は見舞い優しく励ましてくれた。
『大丈夫、元気になりますよ。貴方は女神に愛された一族の子なのですから』
そして花と美の女神プロシアと、彼女に愛された初代国王の話をしてくれた。
だから代々この国の王太子は美男子なのだと。それこそ女神のような美しい顔で。
学者をしていた叔父はもっと詳しく語ってくれた。
王家が女神の末裔ということだけでなく、聖女たちも女神の従者の末裔なのだと。
だからどちらも美しく、そしてこの国の象徴なのだと。
(つまり聖女は王族の使用人になるべきなのだ)
そんな考えが唐突にティアロの頭に浮かぶ。
いやその考えは無意識にずっと持っていたのだ。
だからきっと自分はあの聖女候補を気にかけ、時間を共にしてやったのだ。
仕える主がどんなものが好きで嫌いか、在学中に教えてやる為に。
なのに彼女はその厚意を裏切った。
ティアロの目に憎悪が宿る。
「……君が何を考えているのかわからないけれど」
ティアロの価値観では大罪に値する醜い顔をした隣国の第二王子が言う。
ああ、醜い。死刑に値する程に。だからこんなにも嫌いなのだ。
「僕の国の女神様も君のことが大嫌いらしいよ」
その言葉にティアロは顔を上げる。
瞬間、虫の死骸だらけの巨大な蜘蛛の巣がシーツのように降りかかり、ティアロは恐怖とそれ以上の嫌悪で気絶した。




