第47話 二人の女神
「それじゃあ、行ってくる」
「ああ、気を付けろよ」
辺境伯邸の庭で父子が軽い挨拶を交わす。
私は既に巨大化した聖鳥の背に乗ってそれを見ていた。
何年も石化していたというのに先代辺境伯様はすっかり元気だ。
少なくとも私にはそう見える。
ここに暮らす人たちは何というかタフだ。
「今日中に戻る予定だが約束は出来ない」
「気にするな、魔物が襲ってきたら返り討ちにしてやる」
「……この年寄りに無理をさせないよう見張っておいてくれ」
リュカオン様は頭痛を堪える顔をして副官の人にそう頼んだ。
イアス先生にも私の加護が一時的に辺境から無くなることを告げてある。
薬の準備はしてあるので大丈夫だと言われた。
隣国の薬草を使った高いけれどよく効く薬らしい。
「じゃあ行こうか、聖女殿」
「はい、アッくんお願い!」
私が指示を出すと聖鳥は短く鳴いて上空に飛び上がる。
瞬く間に中庭で見送る人たちが小さくなっていった。
「……まっすぐ教会で良いんですよね」
「ああ、頼む」
念のためリュカオン様に本日の予定を確認する。
といっても教会に行って大聖女様から話をするというシンプルなものだ。
突然の来訪だから留守の可能性もあるけれど、多分いらっしゃるだろう。
いなかったら約束だけ取り付けて出直しても良い。
(晴れて良かった)
そう思いながら聖鳥のもふもふした羽毛に触れているとリュカオン様が話しかけて来る。
「二百年前の話をしても構わないか?」
「えっ、はい。大丈夫です」
「大聖女殿は真実の暴露は王家と教会どちらにも良くないと言っていたが、俺はそう思わない」
悪いのは王家側だろう。真っ直ぐな目をして彼は言った。
「王太子が聖女を散々に愚弄した結果神の怒りを買ったに過ぎない」
「それは……」
「当時はともかく今なら民たちもそう受け取る者が多い気がする」
確かに被害が出てから二百年経っている。
そして王都の人々は問題無く暮らせている。一番大変なのは辺境の地に住む者たちだろう。
目の前の彼のような。
「それは、事実を公表すべきだということですか?」
「親父とも話した。もし城の聖女を生きたまま無力化出来たなら俺たちは咎めないと」
「二人でそんな話を……」
「そして今の王家にも咎める権利は無い筈だ」
魔獣に妻と母を殺された俺たちが許すというのだから。
そうリュカオン様は告げる。言葉に詰まった。
「俺たちは二百年辺境で戦い続けた。そんな俺たちを助け支えてくれたのも聖女だった」
それだけは忘れないでくれ。
彼の言葉に泣きそうになる。私は有難う御座いますとだけ返した。
気まずい訳では無いが少しだけ空気が重くなる。
それを払拭するようにリュカオン様が話題を変えた。
「そう言えば、俺は神自体にはそこまで詳しくないんだ。良ければ説明してくれないか?」
「説明……ですか?」
「ああ、花と美の女神なのは知っている」
「そうですね、この国の教会で祈りをささげているのは女神ブロシア様です」
私が言うとリュカオン様は頷く。
ここまでは分かっているのだろう。
「彼女は隣国で崇められている女神シルティア様の妹です」
「そうだったのか。隣国のはあの布みたいなのが常にかけられている……」
「はい、シルティア様は自分の姿を人に見せたくないので」
本当に女神自身が仰ったかはわからない。
ただ彼女の彫像には常に真っ白な布がかけられている。
その中を覗き見しようとすると隣国の法で罰せられるという厳重さだ。
「シルティア様は自分を崇めれば土地を豊かにすると仰り、隣国の王に迎えられました」
「成程、だからあの国は薬草などがいつでも豊富に採れるのか」
「はい」
納得したように頷くリュカオン様に私は同意した。
そして沈黙が訪れる。
「それで……我が国の女神の方は?」
「……自分を王に、民に千人の美しい乙女を与えると」
「は?」
「……それで、聖女たちはその乙女の子孫と言われています」
私は気まずくなりながら説明した。
この部分を積極的に話したがる聖女を余り見たことがない。
色々と生々し過ぎるのだ。だから国民もあまり知らないのかもしれない。
花の女神とか言われているけど、その花というのはつまり美女のことだ。
千人の乙女たちもただ美しいだけでなく女神の従者として色々役に立つ能力を持っていたらしいが。
それこそ今の聖女たちのように。
「だから俺が見た聖女は皆美しかったのか」
リュカオン様の言葉に耳が熱くなる。
はいその通りですと言える程の度胸は無い。
私以外の聖女も似た感じだろう。
だから隣国の女神と違って自国の女神は微妙に影が薄いのだ。
聖女という労力で国を発展させてくれたのには間違いないけれど。
そんなことを考えている内に教会が遠くに見え始めた。




