第46話 王太子ティアロの救済
最近体調が良い。新しい薬が合っているのだろうか。
ティアロはベットの上でそう思った。
何よりあの薬は時間をそんなに置かず飲めるのが良い。
咳の発作なんて少しでも出たら即抑えたいに決まっているのだ。
この薬を持ち歩けばみっともなく咳き込み続けるなんて真似を王太子である自分がしなくても済まなくなる。
「今日は学園に行ってみようか」
きっと他の生徒達も不安がっているに違いない。
自分はあの学園、いやこの国において太陽のような存在なのだから。
ティアロは登校の支度をする為に使用人を呼んだ。
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午後からの登校だったせいかあっという間に放課後になる。
いつも自分に付き従っていた貴族令息たちの姿は無い。
わざわざティアロが来た日に限って欠席しているのだ。
彼ら以外にも空いた席が目立つ。それをティアロは不審に思ったがすぐに忘れてしまった。
仕方なく廊下を一人で歩く。
護衛自体はどこかにいる筈だ。
学生気分が削がれないよう気配を隠せと命じているだけで。
一人だと生徒達の視線がより突き刺さる。
けれど仕方ないとティアロは思った。自分という気高い存在が至近距離にいるのだ。
話しかけるのは恐れ多いと弁えても目が惹かれるのはどうしようもない。
しかし会話の一つも出来ないのはやはりつまらない。
「パールに会いに行くかな」
そう呟く。
彼女と自分の婚約が解消されたのは既に知っている。
でもそれは傲慢な教会を宥め、そして治癒の聖女を王家の物にする為の方便だとティアロは解釈していた。
アイリと言っただろうか。あの黒髪の平民もどきは。
彼女が大勢の前で余計なことを口走った時からティアロの運命は少しだけ狂った。
でもあの後よく考えてみた。
そしてあの娘はパールに嫉妬していたという結論に至った。
自分では公爵令嬢に敵わない。
二番手になるのは嫌だからあんな風にティアロを試したのだろう。婚約者の存在をわざわざ挙げて。
あの場でティアロがパールより自分を優先する様を見せつけたかったのだ。
「聖女とは名ばかりで、浅ましいな……」
チッとティアロは舌打ちをする。
生徒達が慌てて視線を逸らすのが見えた。
しかしそれに気付いたなら話は随分と楽になる。
アイリに会いに行き婚約を餌に縛り付ければいいのだ。
そして礼儀作法を叩きこみ、素質がありそうなら公爵家の養女にさせればいい。
そこまで考えてティアロは苛立つ。そもそも最初から高位貴族の養女にしておけば良かったのだ。
そうすれば自分だってもう少し扱いを考えた。
男爵家如きの養女にしかなれなかったと思うことも無かったのに。
そんなことを考えていると騒がしい一角に近づく。
何事だと思い顔を上げると大勢の生徒が一人の男子生徒を囲んでいた。
その醜い容姿には見覚えがある。
隣国から留学に来た第二王子だ。醜いからこそ覚えていた。
軽く挨拶を受けただけで、個人的な交流などしていない。
同性だろうが醜いものを長く見たくは無いのだ。
だから生徒達のざわめきも嫌悪から来るものだと思っていた。
視線が合ったら目礼ぐらいはしなければいけない。
あんなのでも第二王子ではあるのだから。
向こうから挨拶をされたらこちらも返さない訳にはいかないだろう。
来た道を戻ろうとしてティアロは気づく。
第二王子に近づこうとしている生徒の群れの中に自分の元婚約者がいるということを。
パールは見たことも無いような必死な顔で男の腕に手を伸ばしている。
「ジルコン様ぁ!」
聞いたことも無い甘ったるい声が彼女の喉から発せられた。
何が起きているかわからない。
しかし見知った人間が突然猿になったようなおぞましさを感じた。
もしかしなくても、あの女は乗り換えたのだろうか。
この国の王太子である自分から、隣国の第二王子でしかないあの醜男に。
婚約解消されてから大して日数も経っていないのに。
自分に縋ることもせず他の男に縋ろうとするのか。
目の前が怒りで真っ赤になる。
「パ……ゲホッ!」
怒鳴ろうとした瞬間喘息の発作が出た。
薬を取り出そうとしたが水が無ければ飲みづらい。
早歩きで水が飲める場所を探す。途中で生徒の何人かにぶつかった。
自分が慌てた様子で移動しているのだ、素早く道を空けるべきだろう。
発作の為注意することも出来ず喉を抑えながら睨みつける。
そのせいで又新たな生徒にぶつかった。
「貴っ、様……!」
「ティアロ殿下?!」
聞き慣れた声に怒鳴るのを止める。
確かジョンという名前だった。身分は男爵令息程度で無いが宝石に詳しい男だ。
下町遊びにも詳しいから何度か同行させてやってもいた。
身分が低いからこそ雑に便利に使えると記憶していた。
「水、を……」
「はっ、はい。こちらです!」
抱えられるようにジョンに水飲み場に連れていかれる。
そこで水を飲み薬を飲んでティアロはようやく落ち着いた。
そして気づく。自分で探さなくても生徒に命じて水を用意させれば良かっただけなのだと。
「大丈夫ですか」
「ああ……」
案じる言葉をかけてくる男子生徒をティアロは観察する。
前に見た時より痩せている気がした。欠席が目立つことと関係があるのだろうか。
いや、それよりも優先すべきことがある。
「パールはいつからあの男に媚びを売るようになった?」
「えっ」
「早く言え!」
恫喝するとジョンは顔を青くしながら答える。
その回答を聞きながらティアロは胸がむかむかしてきた。
昨日今日では無く大分前からパールは隣国の第二王子と親しくしているらしい。
何なら公爵家に彼を下宿させているようだ。
アロイス公爵は何を考えているのだとティアロは呆れる。
もしかして婚約解消をされたから、さっさと隣国の第二王子に娘の婚約先を乗り換える目論見だろうか。
「身分しか見ていないのかアロイス公爵は……!」
苛立ち紛れに吐き出す。
だがそれで元婚約者の無様な行動に合点がいった。
彼女は父親の命令でそうさせられているのだ。
パールは宝石などの美しいものが好きな女だ。
なのにあんな醜男に媚びを売り嫁がされるなんて地獄でしかないだろう。
哀れ過ぎて涙が出そうだ。
「……パールを救ってやらなければ」
「えっ」
ティアロは颯爽と来た道を戻った。
気づいたら駆け出していた。
あの聖女候補は近い内に手に入れる。そうしたら全ては元通りになる。
だから君はあんな醜い男の妻にならなくていいのだ。そう言ってあげたかった。




