第44話 二百年前の愚行
「彼女が居てくれなければ儂は今このように会話など出来る精神状態じゃなかっだろう」
心から感謝している。そう先代辺境伯様は口にした。
夢渡りの聖女がそんな救済を行っていたなんて私は一切知らなかった。
「しかし何を話していたかは今はもう殆ど覚えていない、ただお前へ頼みごとをしたのは覚えている」
「俺に?」
視線を向けられリュカオン様は不思議そうな顔をした。
「うむ、いい加減儂の体に縋り泣きながら謝るのを止めろと言って貰ったのだ」
「なっ」
「供も付けず一人で傷だらけになって訪れるものだから不用心すぎて腹が立ったぞ」
「……見てたのかよ」
「意識はあったと先程言っただろうが、忘れたのか」
リュカオン様の言葉に先代辺境伯様が憮然と言う。
いや、リュカオン様は忘れたわけではない。きっと照れ隠しだ。
「確かに……理由はわからないが突然会いに行くのを止めようとは思った」
その人のお陰だったのか。リュカオン様が言う。
「恐らくそうだろう。そして彼女とは色々話した……殆どを忘れてしまったが」
先代辺境伯様はそう言いながら紙に書かれた文字を私たちに見せた。
「これは二百年前、王都が滅んだ理由らしい」
「えっ」
「何だと!」
私とリュカオン様は彼の言葉に目を見開く。
「だが、今自分で読んでも相当危険な内容だとわかった。だから確認したい」
「何だ」
「二人とも、理由を知った後でも王家に反旗を翻さないと約束は出来るか?」
真剣な顔で言われて私は戸惑う。
王太子のことは既に嫌っている。でも王家が憎い訳では無い。
ただ、そこまで言われるというのはどのような内容なのか。
「……聖女が城で拷問されて力が暴走した結果なのは知っています。それ以外にもあるのでしょうか」
私は先代辺境伯様に尋ねた。
「ある。それ以上の王家の愚行が」
「……私は教会の意思に従います。個人の遺志で反旗を翻すつもりはありません」
「俺もだ。辺境の人々を巻き添えにしたくない」
私は躊躇いながら答える。それにリュカオン様も続いた。
先代辺境伯様は私たちを見てわかったと頷いた。
「二百年前、当時の王太子と夢渡りの聖女は恋仲だった」
「え……?」
私は絶句する。全く想定外の話だった。
あの棺に眠る少女と二百年前の王太子が恋人同士なんて。
「同じ学校に通って、王太子から声掛けして貰って仲良くなったそうだ」
「それは……」
リュカオン様が気まずそうな顔でこちらを見る。
私は反射的に首をブンブンと振った。
「私は違います!」
「あ、ああ……すまない」
私の強い否定にリュカオン様は謝罪する。
何故か先代辺境伯様はそんな私たちをにやにやと見ていた。
「……親父、話の続きを」
「照れ隠しか、まあいいだろう」
そう言いながら彼は紙面に目を落とす。
本当に夢渡りの聖女との会話を忘れかけているのだろう。
「一緒に試験勉強をしたり放課後王都を歩いたり普通の恋人同士のように過ごしたそうだ」
「へえ……」
微妙に自分とティアロ王太子の行動と被っていて余計複雑な気持ちになる。
私は迷惑だったが夢渡りの聖女は嬉しかったのだろうか。
恋人同士ならデートだから喜ばしいことだったのかもしれない。
「しかし王太子には婚約者がいた」
「へっ」
思わず間抜けな声を上げてしまう。
私の横ではリュカオン様も呆気に取られた顔をしていた。
「それって……二股ってことですか?」
「そうだ」
あっさりと先代辺境伯様は頷く。
「屑が……!」
唸るような声で言うリュカオン様を彼の父親は落ち着けと窘めた。
「それって夢渡りの聖女は……」
「知らなかったらしい」
「王家と教会はどうなんだ」
「王家も教会も側妃としての立場を聖女が承諾したと信じていた。そういう立ち回りは上手い男だったのだろう」
「そんな……」
「だがそんな嘘は必ず露見する。夢渡りの聖女は王太子に婚約者がいると知った」
そう言って先代辺境伯様は疲れたように溜息を吐く。
私も聞いているだけで疲労が凄い。胸もむかむかする。
「相手は隣国の王女だった。だから真実に気づくのが遅れたらしい」
「隣国の……つまり夢渡りの聖女は学校生活を楽しむ為のスパイスとしても利用されていたってことね」
相手が隣国の姫君なら気安く恋人らしいことなんて出来なかったに違いない。
だからこそ同じ学校に通う夢渡りの聖女に手を出して恋人ごっこを楽しんだのだろう。
しかし隣国の王女は婚約者の浮気に対しどう反応したのだろうか。
私が考えていることを察したのか先代辺境伯様が口を開いた。
「隣国の王女に夢渡りの聖女との交際を知られた王太子は見苦しく言い訳をした。本気では無いと」
「酷い……」
「それだけでなく、王女の為に聖女を懐柔しいつでも使える道具にしたのだと告げたのだ。そして……恐らく惨劇は起きた」
私は絶句する。
ティアロは私を動物扱いした。
二百年前の王太子は夢渡りの聖女を道具扱い。
同一人物では無い筈なのに同じぐらい腐っている。
「……聖女を何だと思っているんだ!」
リュカオン様が怒鳴る。
私は少し救われた気がした。
聖女を道具扱いするのは当たり前のことじゃない。
そう思わせてくれる彼の怒りに感謝した。




