第43話 先代辺境伯の目覚め
私はリュカオン様とアッ君と協力し先代辺境伯様の石化した部分を削ぎ落しつつ治癒した。
しかし人間の肌を取り戻した彼はぐったりとして目を覚まさなかった。
青褪める私とリュカオン様だったが、それに事態を見守っていた騎士の一人が言った。
「激痛で気絶したんだと思いますよ」と。
そんな訳で私たちは気を失ったらしい先代辺境伯様と共に屋敷へと帰宅したのだった。
リュカオン様は先代様に付き添うらしいいが、私は自室で休むよう命じられ待機した。
しかし本当に休める筈も無く自室で悶々としていると、メイドさんが来て先代辺境伯様が目覚めたと教えてくれた。
大急ぎで教えられた部屋に駆け付けた私の目に入ったのはガツガツと鳥の丸焼きを食べる豪快な中年男性と、何故か頬を腫らしたリュカオン様だった。
「大丈夫ですか?!」
そう言いながら私は彼の頬に手を近づける。
放置してもこれぐらいなら自動治癒で回復するだろうが、痛みが引くのは早い方が良いだろう。
「有難う、聖女アイラ」
「おお、この力が儂を救ってくれたのか」
礼を言うリュカオン様と感心したように言う中年男性はよく似た顔立ちをしていた。
父子だから当然かもしれない。
「お初にお目にかかります。私は教会から派遣された聖女候補のアイラと申します」
「おっと挨拶が遅れて申し訳ない。儂はアルカス・ゴッドフリート、こやつの父親です」
そう言ってリュカオン様の父親は頭を下げる。
私も慌てて頭を下げ返した。
「あの、お体の具合は大丈夫ですか?」
「体の具合はすこぶる良いです。今すぐ魔物狩りに出向ける程に」
「絶対止めてくれ」
うんざりした調子でリュカオン様が言う。
そう言えばと私は口を開いた。
「何故リュカオン様は先程頬を腫らしていたんですか」
「それは……」
「儂がやった」
言い淀むリュカオン様の後ろから堂々と先代辺境伯様が言う。
当然だが私は驚いた。
「えっ、どうして……」
「ハッハッハ、ただの八つ当たりだ!」
「えっ」
「魔物に食われて死ぬのは覚悟しておりましたが、体中の皮を剥がされる目に遭うとは想定外だったのでな」
「……あれしか方法が無かったんだ、仕方ないだろう」
「わかっておる、だから頬に一発で済ませたのだ」
ブスっとしたリュカオン様に先代辺境伯様が言う。
私は今更ながら自分のしたことが拷問じみたことだったと気付いた。
再度頭を下げようとする私をリュカオン様が制する。
「謝る必要は一切無い、必要だから俺が頼んだんだ」
「そう、聖女殿は謝ることはない。それに殴ったのはそれだけが理由ではないからな」
溜息を吐きながら先代辺境伯様はリュカオン様を軽く睨む。
「今回は奇跡が起こったが、正直石化したまま何年も生き続けるというのは狂いかける程苦痛だったぞ」
「それは……楽にしてやれなくて、悪かったとは思っている」
罪悪感を顔に浮かべながらリュカオン様は謝罪する。
石化した父親に止めをさせなかった彼と石化したまま生き続ける苦しみを吐露する父親。
どちらの気持ちもわかる。
(心情的にはリュカオン様の弁護をしたいけれど……)
けれど親子同士の話に口を挟む権利は無いような気がして私は黙っていた。
私の逡巡をよそに先代辺境伯様はあっさりと話を切り替える。
「まあ、仕方ない。それに不幸中の幸いだがそんな状況になった結果知れた事実がある」
「事実?」
「ああ……ところで聖女殿、同僚に桃色の髪がふわふわした少女はおらんかな?」
突然話を向けられて私は戸惑う。しかし質問の内容をすぐに考えた。
同僚というのは聖女ということだろう。桃色のふわふわした髪の少女の心当たりは一人しかいない。
「一人だけ、桃色の髪をした聖女を知っていますけれど」
「不躾なことを訊くが彼女は存命か?」
「えっと、生きてはいます。ただ会話するのは難しいかと……」
不思議な問いかけに答えつつ私はリュカオン様に視線を移す。
彼は無言で頷いた。先代辺境伯様には話しても良いということだろう。
「桃色のふわふわした髪の女性は夢渡りの聖女と言って……」
そして私は彼に夢渡りの加護について軽く話した。
他人の夢に入って会話したりできるという程度だけれど。
「成程……ということは彼女は儂が狂気の中で生み出した妄想では無かったのだな」
安心したように先代辺境伯様は頷く。
そしてサイドテーブルに置かれた紙を手に取る。
ちらりと見えた紙面には殴り書きがびっしりとあった。
「それは……」
「目が覚めた途端に紙とペンを寄越せと言われて渡したらこうだ。一体何をそんなに夢中で書いていたんだ?」
リュカオン様に尋ねられ先代辺境伯様はニヤリと笑う。
「これは石化していた時に夢渡りの聖女殿と話した内容だ。目覚めれば忘れてしまうと言われていたからな」
「あの方は、先代辺境伯様の夢にもお邪魔されていたのですか!?」
「ああ、彼女がいなければ儂は完全に狂っていた」
私は驚く。彼は頷いて肯定した。




