第41話 先代辺境伯について
「俺の我儘に付き合って欲しい」
そうリュカオン様は私に頭を下げた。
魔の森の中心、旧王城に行きたいと私が彼に告げてから数日後のことだ。
何故か教会から直接送られてきた大量の浄化石に魔力を込めていた私は少し驚く。
この辺境に来て初めてそんなことを言われたからだ。
「我儘と言いますと」
「俺の父に会って欲しい」
リュカオン様の父親、先代辺境伯様は離れた場所で療養していると初日に説明された。
そしてそれきりだった。
なので私には会わせたくないか、会わせられないかの二択だと思ったのだ、
「……駄目か?」
「えっ、いえ大丈夫ですけれど! 寧ろお会いしたいです!」
珍しく不安そうな表情を浮かべる彼に慌てて快諾する。
私が嫌がる理由は全く無い。
「有難う、では明日の朝に出立する」
「わかりました」
そう言われて私は頷く。出立という言葉が気になった。
先代様は大分離れた所にいらっしゃるのだろうか。
屋敷に居ないのはわかっていたけれど。
翌朝、約束の時間に支度を終えて玄関に行くとリュカオン様が既に待っていた。
そして意外だが彼だけでなく他の騎士たちもいる。全員鎧姿だった。
「……もしかして、討伐ですか?」
「今日はそれが目的ではないが魔の森に入るからな」
「魔の森に?」
彼の父に会いに行くのでは無かったのだろうか。
そう私が思っているのが顔に出たのかリュカオン様の配下の一人が彼の脇を小突いた。
「もしかして先代様の状態について聖女様に何の説明もしていないのですか」
「それは……ショックを受けたら不味いと思って」
「説明なしで見た方がショックを受けますよ!」
もう一人の騎士がリュカオン様に突っ込みを入れた。
確かに、そんな理由ならそれを一番最初に言って欲しかった。
だとしても行きませんなどと回答するつもりなど無いのだから。
「私は別に先代様がどのような姿でも嫌がったりしませんよ、聖女候補として務めは果たします」
「すまない……君を信用していないわけじゃないんだ」
ややしょんぼりとしてリュカオン様は私に謝って来た。
彼らしくないとな少しだけ思う。
「すまない。俺はもう慣れてしまったし醜い姿とは思わないんだ。ただ、君はショックを受けるかもしれないと思って」
「……具体的な状態を仰って頂いても宜しいですか?」
酷かと思うがリュカオン様に尋ねる。
覚悟はなるべく早めにしておきたい。
「石化しているんだ」
「石化?」
「魔物に噛まれた部分から石のようになって、今では完全に石像のようになっている」
「それは……」
辺境伯を代替わりしたのは二年前と言っていた。
その状態で先代様は生きているのだろうか。
口に出来ない疑問を見透かしたようにリュカオン様が言う。
「この屋敷には魔物の犠牲者について纏めた資料がある、石化についてもだ」
「そんな資料が……」
「石化毒を受けて石化した猟犬が居た。飼い主はそれを浄化して貰い、部屋に置いておいたんだ」
つまり石化は浄化では消えないということだ。
なら治癒は通用するだろうか、少し不安なになる。
「一年後のある日、短いが大きな地震が起きて石化した犬が倒れて砕けた」
「そんな……」
「だが、真っ二つに割れた途端犬は生身に戻って何回か震えた後に息絶えたんだ」
その情景を想像しただけで気分が塞ぐ。
皆も同じらしく重い沈黙が場を支配した。
「つまり石化した先代様も生きて……らっしゃるんですね」
「恐らくな、父と懇意だった者たちからはもう楽にしてやれと散々言われた」
ぎょっとするようなことをリュカオン様は言う。騎士たちは気まずそうに眼を逸らした。
楽にしてやれという言葉は優しいが、それは殺せということだ。
「でも俺は……出来なかった」
拳を握り目を閉じながらリュカオン様は言う。
苦悩した表情の彼は悲しそうで涙が零れていないのが不思議なくらいだった。
「俺が同じ立場なら確かに殺してくれと思う、死んでいるようなのに生き続けて生まれ変わることも出来ないなんて地獄だ」
「リュカオン様……」
この国では死んだ人間は暫くして又この国の人間に生まれ変わるという教えが信じられている。
教会でもそのように教えているが事実かはわからない。私は死んだことが無いので。
「だから、旧王城に行く前に覚悟を決めなければいけないと思った。手を汚すなら息子の俺がしなければいけないと」
「そんな……息子だからこそ、一番、辛いことじゃないですか」
「一番辛いからこそ俺がやるべきことだ……ただ、その前に一度だけ縋りたい」
そう言ってリュカオン様は私の両手をそっと掴んだ。
そんな状況では無いのに急に手に触れられて焦ってしまう。
「石化が治癒で治るとも思えないが、どうか試してみて貰えないだろうか」
「そっ、それは当然させて頂きますけれど」
「ありがとう。そして……もし駄目だった場合俺は父を解放するつもりだ」
「それって……」
先程言った通り、楽にする。つまり殺すということか。
「でも君には気にしないで欲しい。気にするなと言っても無理だろうが……すまない」
ああ、だから彼は今まで私に先代様の件を伏せていたのだ。
治癒に失敗した私がそのことを後悔しないように。
「気にしますよ。でも大丈夫です。私も貴方と罪と悲しみを分かち合いたいです。」
「聖女、アイラ……」
「そうです。私は聖女です。そんな覚悟がなければ聖女なんてできませんから」
正しくはまだ候補ですけれど。
私が空元気で胸を張って言う。
リュカオン様は泣きそうな声で又有難うと言った。




