第39話 力の意味
「聖女様、お疲れ様です!」
「あっ、はいお疲れ様です」
定期的に魔の森から出て来る魔物たちの討伐。
それらを終えた辺境騎士団たちに私にそう言って頭を下げた。
今日のメイン討伐対象は巨大魔獣だ。
魔物化してから大分経っているらしく通常の猪の大きさでは無かった。
命を失い横たわっているそれは馬よりも大きい。
それでも騎士たちに言わせるとまだ若い個体らしい。
「これってよく焼いたら食えないかな?」
「馬鹿か」
「でも聖女様が浄化済みなんだぞ」
「腹減ってるなら干し肉でも齧っとけ!」
魔猪の遺体を囲んで若い騎士たちがそんなことを言っている。
確かに浄化は済んでいるので食べても瘴気に汚染される心配は無いだろう。
けれど通常の猪とは明らかに違う大きさに育ったそれは異常で、食べて安全ですと勧める気にもならなかった。
確かに私は浄化と治癒の加護を持っているけれど、それは決して完璧でも万能でもない。
(だから私から物理的に離れたイアス先生は暫くすると病弱な体に戻ったわけだし)
私がそんなことを考えていると周辺警戒からリュカオン様が帰って来た。
「それの牙だけ持ち帰れ」
「他はどうしますか?」
「いつものように焼いて骨にして埋めろ……食うなよ」
リュカオン様がそう指示をすると騎士たちがてきぱきと命じられた作業に移る。
「魔獣に掘り返されないように穴は深く掘れよ」
そう言いながら彼は私の横に立った。
「どうした、聖女殿」
「骨にするのは肉目当てで他の魔物が寄ってこない為ですよね」
「そうだ」
「……骨だけにしても浄化してなければ瘴気は残ったままであってますか?」
「旅人の件のように一定期間は死体にも瘴気は残る、だがいずれは消える」
リュカオン様の言葉に私は魔の森に視線を向けた。
「なら魔の森の巨大な瘴気がいつまで経っても消えないのは、当事者たちがまだ生きてるからでは?」
彼がその濃い緑色の瞳に驚愕を宿すのを見た。
「……その話は、奴らを帰してからにしよう」
「わかりました」
そう返事をして隣りからリュカオン様が去るのを見る。
作業を早めるよう命じる彼の声を聞きながら私は魔の森の中心に居る筈の人たちのことを考えていた。
他の騎士たちが馬や馬車で帰っていく。
それを私とリュカオン様は見守った。
完全に見えなくなってからリュカオン様は私に水筒を渡す。
「これは?」
「長い話になるなら喉が渇くだろう」
そう言いながらリュカオン様は適当な岩に腰を下ろした。
長話をするつもりはない。でも意識すると喉が渇いてるように思える。
「では、厚意に甘えます」
「ああ」
水筒の水は少し温い。でも感じていた渇きは落ち着いた。
私も適当な岩に座る。
少し焦げ臭いのは魔猪が焼かれたばかりだからだ。
腹が余計減ると騎士の一人が言っていたのを思い出した。
「……二百年前の聖女の加護が暴走してこうなったって大聖女様が説明されたじゃないですか」
「そうだな」
「加護って死んだ後二百年も続くのかなって」
「続かないのか?」
不思議そうにリュカオン様が言う。
私は全員がそうと限らないと前置きをして話した。
「イアス先生はお婆様が聖女だって話されてましたよね」
「ああ」
「そのお婆様には親友がいて、彼女は修復の加護持ちだったらしいです」
「修復……というと壊れた物を直せるという感じか?」
リュカオン様の言葉に私は頷く。
「でもその人は聖女にはならず成長すると修復の力もあまり使わなくなったらしいです」
「それは……事情があるのだろうが、勿体ないな」
「そして二人とも年を重ねて老人になったある日の朝、お婆様が大切にしていた手鏡が割れていたんです」
先日イアス先生が懐かしそうに微笑みながら語っていた内容を思い出す。
「手鏡は少女時代、加護の力を持つ親友に直して貰った物で……後日その人が前日の深夜に亡くなっていたと知ったそうです」
「それは……」
「つまり加護の力を持つ人が亡くなったから加護による修復効果も消えたのだと思います」
正直、この話を聞いた時私は凄く怖くなった。
もし私の治癒や浄化の加護も同じ条件だったら、私が死んだ瞬間全ての治癒が無かったことになるのだ。
たとえば治癒の加護で大きな傷口を塞いだとしたら、私が死んだ途端にその傷は再び開きだすのではないか。
今まではそこまで大した治癒をした覚えはない。
辺境の地に来るまでは。
「……もし私が死んだら、私が癒したリュカオン様の傷も復活するのでしょうか?」
「いや、それは無いと思うぞ」
彼は不安がる私にあっさりと答えた。
「君が腕輪で加護を封じていた時も俺は元気だったしな」
「それは……確かに」
「まあ一時的な封印と聖女の死は違うかもしれないが、そこまで不安がる必要は無い」
彼は私が告げなかった不安を見透かしたように大丈夫だと笑った。
「ただ、気になるのは死亡で加護が消える可能性があるってことだな……君の考えだと元王城で聖女はまだ生きているのか?」
「可能性としては」
「二百年前の人間だぞ?」
「長命な可能性もある気がして……大聖女様も恐らく長命ですし」
「ああ……あの方か」
そして大聖女様だけじゃない。
夢渡りの聖女もきっと長い時を生きている。
だから大聖女様は自分の次は私に彼女の世話を任せるようなことを言ったのだ。
「森を包んだ瘴気が加護が暴走した結果なら、まだ聖女が生きているのではと思いました……だから元王城に行ってみたいのです」
もし彼女が本当に生きていて、自分の力で暴走を止められないのなら止めて上げたい。
聖女見習いとして二百年前から苦しんでいる先輩を解放したい。
リュカオン様は私の決意を感じたのか真剣な目で問いかけて来る。
「そうか……わかっていると思うが、魔の森の中は危険だぞ。見たくない物も沢山ある」
「わかっています。でも私の加護がまだ使える内に解決出来たらいいと思いました」
私が死んでこの力が無くなる前に、この辺境から瘴気を取り除けたらいい。
加護の暴走に苦しむ聖女だけでなく、戦い続ける日々から皆を解放したい。
きっとそれが私がこの場所に派遣された意義で、この身に余る力の意味なのだ。
「……ありがとう。心から君に感謝をする」
リュカオン様は私に深々と頭を下げた。




