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第38話 失敗した公爵令嬢パール・アロイス

「ベルヴィア国の留学生……?」

「そうだ。王家の命令で我が公爵家でお預かりすることになった」


 久々に呼び出された父にそう告げられパールは目を見開く。

 その肌は以前より少しだけかさつき、目の下には隈が濃くあった。


 王太子ティアロとの婚約関係が終了させられた後パールは部屋に引きこもった。

 国王と父であるアロイス公爵の二人だけで全部話は終わり、当事者のパールは結果だけ告げられた。

 長年婚約関係にあったティアロと言葉を交わすことも許されなかった。


 お前は人形だと父に冷たく告げられた言葉がパールの胸を深く突き刺す。

 つまりそれは人間として認められていないということだ。


「本当の人でなしはお父様だわ……!」


 その日からパールの美しい部屋は荒れた。

 おっとりと上品に微笑む公爵令嬢の姿も消え失せた。

 これが怒りなのだとパールは皮肉にもその時初めて知った。


 けれど父はそんな娘の怒りなどどうでもいいようだった。

 部屋の調度品を叩き割っても、食事と風呂を拒んでも、学園に行くことを止めても無視され続けた。


 パールが暴れることに飽きて来たある日、父は彼女を呼び出した。

 まだ怒っていると見せつける為化粧すらせずみっともない姿を彼に晒す。


 だけどアロイス公爵は呆れた様にパールを見るだけだった。

 そして冒頭の言葉を告げる。


「お前と同齢の第二王子殿下だ。若いが非常に優秀で温厚な性格で人望もある」

「……そうなのですか」


 教えられた情報にパールの乙女心がピクリと反応する。

 父親はそれを知ってか知らずか爆弾を落とした。


「唯一の問題は、彼が生涯独身を貫くと発言していることだ」


 パールは大きく目を見開いた。


「まあ、何故そのような我儘を?」

「わからん。だが所詮まだ子供だ。心変わりなど十分に考えられる」


 たとえば美しい娘と恋に落ちたりすればな。

 堅物の父親から聞くことはないと思った言葉に少し驚く。


 美しい娘。無意識にパールはそれを繰り返していた。


「それは……そうでしょうけれど」

「これは王家の命令だ。第二王子の心を奪うことが叶えばお前はこの国の女で誰よりも役に立つ存在になる」

「誰よりもでございますか?」


 黒髪の聖女候補が脳裏に浮かびパールは早口で聞き返した。


「ああ、お前が第二王子を懐柔すればこの国の経済を助け王家や他の貴族たちを助けることが出来る」

「まあ……第二王子殿下はそのように強い影響力を持つ殿方なのですね」

「隣国の国王も王太子も彼を厚く信頼し息子や弟として可愛がっているという話だからな」


 パールの頭に誰からも愛される美形でしっかり者の高貴な青年の虚像が浮かぶ。

 それを見透かしたように父であるアロイス公爵は告げた。


「パール、出来るな?」

「はい、それがアロイス公爵令嬢として育てられた私の役目でございます」


 パールは上品に楚々として父に答える。

 アロイス公爵は満足げに微笑んだ。


 それが一週間前の話だ。



   ◆



 ベルヴィア国第二王子ジルコンは前評判に違わず優秀な青年だった。

 転入した一週間後に試験だったのに学年一位を難なく取って見せた。


 けれど決して得意げにすることもなく、またこれぐらい当たり前と驕ることも無い。

 彼は「折角留学を許して貰ったから頑張って勉強したんだ」と誠実な言葉をパールに告げた。


 実際彼は勉強熱心で、けれど勉強しか頭に無い男では無かった。

 歴史研究部に入部し放課後は部活動に勤しみ休み時間は学友と歓談。

 休みの日は連れて来た男性の従者と共に王都を興味深げに歩き回る。


 その合間に登城したり他の貴族に招かれたりなどしているようだった。

 けれどそのどれにもパールを添え物として連れて行きはしない。


 かといってパールを無視することはなく誠実な紳士として接した。

 ジルコン第二王子はとても素晴らしい青年だ。


(その顔がヒキガエルのように醜く無ければ完璧な王子様だったのに)


 いつもその結論に行きついてパールは胃から苦い物がこみ上げる。

 ジルコンはとても醜い顔をしていた。パールが見て来た人間で一番の醜男だ。


 疱瘡痕が目立つ肌に細い目、低く丸い鼻、横に広く厚い唇。

 顔を想像するだけでパールは吐き気を覚えた。


 でもそれではいけない。

 パールは彼を魅了し婚約したいと願わせないといけないのだ。

 それはとても嫌なことだったが、けれど容易なことだとも思っていた。


 何故ならパールはとても美しい顔と声を持ち魅力を底上げする高雅の加護も得ていたのだから。

 ただ同じ屋敷で暮らすだけで第二王子はパールに心奪われ婚約を申し込むだろうと考えていた。


 けれどそうはならなかった。

 ジルコンはパールに居候先の娘、そして隣国の公爵令嬢として敬意を持って接したがそれだけだった。

 短い歓談すら求めない。


 だからパールが自分で動くしか無かった。

 ジルコンの行動を把握し、なるべく彼と行動を共にしたがる。


 けれどジルコンは多忙で屋敷内でパールと二人きりになることは拒む。

 そうなるとパールは学園で彼に付き纏うしかない。


 この国の王太子で婚約者だったティアロにさえここまで熱心に関わろうとすることは無かった。

 せめてジルコンの側が積極的にパールを求めれば権力で従わされてると言い訳も出来たのに。

 醜男を誘惑しなければいけない屈辱と熱意を体の中で渦巻かせパールはジルコンに媚びを売り続けた。



   ◆



「もう、付き纏わないでくれないか」


 それは初めてジルコンがパールの部屋を訪れ、そして初めて嫌悪を露にして告げた言葉だった。


「えっ……」

「わかっている。君が好きでしているわけじゃないって、でも困るんだ」


 申し訳なさそうに、けれどはっきりとジルコンは拒否をパールに見せた。

 やっとジルコンが自分を求めたと浮かれ、しかし同時に怖気を感じながら扉を開けたパールは薄笑いで凍り付く。


「君の目は今まで見た誰よりも僕を嫌悪している。流石にその目を四六時中見続けるのは辛いよ」

「そんな、そんなことはありません! 私はジルコン様を……」

「なら君は自分から僕そっくりな子供が生まれても愛することができるかい?」


 そう細い目で射抜かれパールは言葉を失う。

 それが答えだった。


「君が僕を愛せない様に僕も君を愛せない。アロイス公爵には僕から話しておく」


 もう無理はしなくていいんだ。

 そう台詞だけは優しく隣国の第二王子はパールの全てを拒んだ。


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