第37話 貴族学園のその後
イアス先生を辺境は予想外の勢いで大歓迎した。
子供たちは教師を得られて大はしゃぎ。それはわかる。
大人たちも空き時間に子供に混じって授業を受けるようになったのだ。
そしてその中にはリュカオン様もいた。
「王都で働いていた教師の授業を受けられる機会なんて、逃せないからな」
私にはそう若干照れくさそうに言いながらも彼は堂々と授業を受けている。
辺境のトップがその態度を取ることで大人たちも心置きなく学べる。
子供たちもそんな大人たちを馬鹿にすることを無い。
そして熱意ある大量の生徒をゲット出来てイアス先生も大喜びだ。
皆幸せになれて良かったねという状態だった。
当然私も時間が空けば先生の授業を受けたり宿題をやったりしている。
寧ろ貴族学園に通っていた時よりもちゃんと学生をやれている気がした。
イアス先生の体調を考えて私は腕輪を常時外すことにした。
その為か彼は辺境に来てからずっと体調が良さそうだ。薬も飲んでいないらしい。
「でも王都に戻ったら又元の状態に戻るんですよね……」
ある日のイアス先生は落ち込んだ様子で言った。
私は休憩所と食堂を兼ねた場所で彼に宿題を見て貰っていたところだった。
「戻る予定があるんですか?」
私が訊くと彼はここ暫くはありませんと答える。
「でもそうなることを考えるだけで憂鬱になるので、依存し過ぎるのも不味いなと考えていました」
「それは私の加護にということですか?」
「そうですね。実際王太子殿下はアイラ君に依存していたようですから」
「彼が私に依存?」
驚いて訊き返すとイアス先生は頷く。
「そうでないと婚約者を放置してまで君の側にいたがったりしないでしょう」
恋愛感情は明確に否定したと聞きました。
そう先生に言われ私は頷いた。そしてある可能性に辿り着く。
「もしかして殿下も体が悪かったんですか?」
「あの方は子供の頃から病弱と聞きますし、最近でも私と同じ強い咳止めの薬を処方されていた筈ですよ」
「……知りませんでした」
「殿下本人や周囲が教えなければ仕方ないと思いますよ」
「最近でもってことは喘息の症状が出ているということですよね」
「そうですね。なので王家が薬を買い占めに近いことをし出して困りました」
それが辺境に向かう決意を後押ししてくれたわけですが。
イアス先生が苦笑いを浮かべる。
「喘息の薬ってそんなに品薄なんですか?」
「突然、原料の主な輸入先である隣国が値上げした上に提供量を制限し出したので……」
「具体的にはいつからだ?」
上から声が降って来る。
「リュカオン様?」
「おや、当主様。貴方も宿題の提出に?」
イアス先生は驚きもせずニコニコと返す。
リュカオン様は宿題はちょっと待ってくれと少し照れて言った。
「隣国というのは魔の森の逆側にあるベルヴィアで合っているか?」
「はい、合っていますよ。時期はそうですね……」
「彼女が退学する前後じゃないか?」
一瞬賑やかな食堂が無音になって気がした。
でもそれは気のせいだ。この場の空気が異様に張り詰めただけだった。
「……正解です」
「もしかしたら他にも隣国が主な輸入先の薬草が制限されてるんじゃないか?」
リュカオン様が言う。
イアス先生は少し考えこむ素振りをした。
「そうですね。王都の知人に頼んで詳しく調べてみましょう」
「ああ、可能なら貴族学園にベルヴィア国の者が在籍して無かったかもな」
「えっ?」
突然貴族学園の話題を出されて私は驚く。
「騒動を偶々目撃して、この機会を利用してやると思っただけならまだ良いが……」
リュカオン様は険しい顔で言う。
「聖女の退学という戦果を出す為に動いていた奴もいるかもしれないな」
だとしても学園と王家の失策には違いないけれど。
そう言ってリュカオン様は私の隣に座ると腕組みをした。
「彼女の加護は彼女が離れたら無効になる。有難いことに怪我などは治ったままのようだが」
「確かに虚弱などの体質は改善しないようです。 残念ですが徐々に戻っていく」
「学園に通う者たちが病気がちになったりは?」
「そうですね……学園長が重度の腰痛と胃痛で苦しんでいました。痛み止めの薬が高くて辛いとか」
「生徒達は?」
「小等部ですと……確かに欠席は明確に増えています」
淡々と話す内容に私は指先が冷えていく。
私が見放した後のことを実際耳にすると気が重くなってきた。
でもだからといって王都に戻って同じ日々を送りたくなどない。
その我儘さが聖女らしくなく思えて、憂鬱になる。
そんな私の肩を優しく叩く人がいた。リュカオン様だ。
「君のせいじゃない。君の加護が無ければ本来そうだったというだけだ」
「そうですよアイラ君。王都の王族貴族がそう納得してくれる者たちであることを祈りましょう」
我慢できなくて辺境まで押しかけた身で言うのもなんですけど。
そうイアス先生は苦笑いしながら自嘲する。
「辺境側にも利益をもたらす存在は大歓迎だ。傲慢で不快な人間以外ならな」
そうリュカオン様は豪快に笑い返した。
「……だが彼女を奪おうとする者は全力で追い返す」
それが辺境の流儀だ。そう言って彼は茶をぐびりと飲んだ。




