第36話 小等部教師イアス
淡い金髪の長い髪を一つに結んだ水色の瞳の男性。
知的な雰囲気の教師に私は見覚えがあった。
「イアス先生どうしてここに?!」
彼は貴族学園小等部の教師だ。
そんな人と何故私が知り合いかと言うと、私の勉強が出来な過ぎたのが原因だ。
そのことを思い出し私は頭を下げる。
「その節は大変お世話になって……授業も変な形で終わって申し訳ありません!」
「いやあれは君のせいじゃないから」
平謝りする私に困ったような笑顔でイアス先生は言う。
学園の授業についていけなかった私はまず才女と名高い女子生徒から放課後補習を受けた。
けれど私の頭の悪さは彼女の手に負えないということで、早々に破綻。
その後で私の補習講師役として抜擢されたのが彼だったのだ。
小等部で教えているイアス先生の授業はとてもわかりやすかった。
彼が根気強く、そして内容が小等部で教えるレベルに毛が生えた物だったからというのも大きいけれど。
だけどその放課後授業はティアロ王太子が私を連れ回す頻度が増えて自然消滅してしまった。
そしてそのまま私は退学して辺境に来たのだ。
「それにしても、実家の件が片付いて復帰したらあんなことになっていて驚きましたよ」
「実家?」
イアス先生の言葉に私は首を傾げる。
「身内が急に亡くなりまして、元々病弱な人ではあったのですが……ゲホッ!」
言葉の途中でイアス先生が苦し気に咳き込む。そして両手で口と喉を抑える仕草をした。それでも咳は止まらない。
私は最初戸惑い、それからあることに気付いてすぐ自分の腕輪を外した。
「イアス先生!」
治癒の加護を解放した結果、苦し気な顔をしていた彼の顔が徐々に穏やかになっていく。
彼はゆっくりと顔から自分の手を外して微笑んだ。
「助かりました、丁度薬の効果が切れてしまったようですね……」
「薬?」
「私は子供の頃から体が弱くて、喘息を抑える為に薬を常用しているんです」
「知りませんでした……」
「君が学園にいる時は症状が出ませんでしたからね」
イアス先生はそう言って微笑む。
私は何となく彼が辺境に来た理由を察した。
「もしかして……私に学園に戻れと仰るつもりですか?」
そう口にするとイアス先生は驚いた顔をする。
そして「まさか!」と強い口調で否定した。
「君がどういう目に遭って退学を決めたかは聞きました。それで学園に戻れなど言える筈が無い」
もし口にできるとしたら学園の体質が改善されてからだ。
そう彼は断固とした口調で言い切った。
そのはっきりとした否定にイアス先生を疑った自分が恥ずかしくなる。
「……変な事を言って申し訳ありませんでした」
「いやそう考えるのも不思議ではないと思いますよ。実際学園内では君の不在で色々問題が起きているようですから」
「問題?」
「アイラ君と直接面識が無くても治癒の加護の恩恵を授かっていた者たちはいた。私も似たようなものですね」
その人たちが貴方の不在を嘆き出したのです。
そう言われて私は目を丸くする。
「今のところは君を追い出した者たちへの非難が強いですが……」
「まさか王太子殿下まで非難されているんですか?」
「……流石に堂々とでは無いですけれどね」
私の言葉にイアス先生は意味深な表情を返す。
「聖女に無理強いをしても加護が失われるだけです。それなりにまともに授業を受けていた者なら誰でも知っていますよ」
つまり私を王都に連れ戻し治癒の加護を使わせようという輩は現れないわけか。少し安堵した。
そして改めて当初の疑問に戻る。
「ではどうしてイアス先生は辺境に?」
「アイラ君がここで聖女として働くなら私もここで教師として働かせて頂きたいと思いまして」
「えっ?」
驚く私にイアス先生は微笑む。
「……私の祖母は浄化の加護を持つ聖女で、数か月ほどこの辺境でお勤めをしていました」
「そうだったんですか」
「幼い頃に彼女から辺境伯様たちの話を聞いてずっと不平等だなと思っていたんです」
「不平等?」
「何故国王や王都の為に命懸けで戦っている彼らが満足な学習を受けられないのかと」
しかも辺境伯様たちはれっきとした貴族という立場なのに。
そうイアス先生はやや憤慨した表情で言う。
「なので自分は辺境で教師になるぞと意気込んだものの……病弱なせいで王都から離れることを許されませんでした」
それはそうだろう。辺境はあらゆる物が手に入りづらい。
まだ少ししか過ごしていない私でさえ何度も実感した。
病弱で薬が手放せないような人が来るところでは無い。
「それに薬の常用は副作用の関係で止められていまして、でも喘息が頻繁に起こるなら教師を辞めるようにも言われてまして……」
「それは……」
彼は何で教師になれたのだろう。そう思う程に状況が詰んでいた。
「ですが、アイラ君が辺境で暮らすならそれらの問題は万事解決です」
そうイアス先生はにっこりと笑って言った。




