第34話 眠れる聖女
「腕輪の効果確認なら辺境で行えばいいんじゃないか、あそこならすぐわかる」
「成程」
リュカオン様の言葉に私は納得する。
でもそれは辺境に常に怪我人がいるということなので納得しちゃっていいのかと少し思った。
「恐らく教会の怪我人は既に癒されてるだろうし怪我人探しに街をうろつくのもな」
会いたくない奴に出くわすかもしれないだろう。
彼に言われて私は王太子一派のことを思い出した。
流石に王太子本人がノコノコ歩いているとは思わないが、子分たちなら有り得る。
ジョンだって貴族令息なのに下町で賭け事に耽っていたらしいし。
「わかりました。じゃあ辺境に戻りましょう……ただ、その前に」
「その前に?」
「顔を見ておきたい人がいるんです」
私はそう言って苦笑いを浮かべた。
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リュカオン様と別れて私は一人で来た道を戻る。
そして滅多に人が通らない廊下へ足を進め幾つもの扉を魔力で解除して先を進んだ。
まるで宝物庫にでも行くようだ。
厳重に守られたその部屋は中央に透明な棺があった。
「棺は不謹慎かな……」
でもその表現がぴったりなのだ。
水晶かそれに近い透明な石を掘り出して作ったような箱の中に、絹のシーツに寝かされ宝石のように仕舞われてる少女。
「今日もやっぱり目を覚まさないんですね、夢渡りの聖女様」
桃色の柔らかそうな髪と同色の長い睫毛。
白い肌に小さな鼻と薄い唇。美しいというより可愛らしいという印象が強い少女。
私はその瞳の色を知らない。彼女が起きている姿を見たことが無いからだ。
夢渡りの聖女は文字通り人々の夢を渡る。
私の夢にも何回か現れた。けれど目を覚ますと彼女についての記憶は朧げだ。
完全に忘れている時さえある。
そんな彼女は大聖女様に夢の中での会話を教えているようだった。
だからこそ夢渡りの聖女の存在は基本教会外には秘匿されている。
「あっ、そういえばリュカオン様に言っちゃった」
私はそのことを思い出し手で口を塞いだ。まあ彼なら大丈夫だろう。
そう思うのは無責任だろうか。
別にそこまで長い間一緒にいた訳でないのに学園の生徒たちより余程彼を信頼している自分に気付いた。
夢渡りの聖女について教会が公にしない理由は簡単だ。
夢という無防備で嘘を吐けない場所での発言を彼女は手に入れ大聖女様に共有することが出来る。
誰の夢に入れるかの条件もわからない。少なくとも私は知らされていない。
もしかしたら国王たちの夢にだって現れるかもしれない。
『私は彼女を二度と失いたくないのですよ』
そう大聖女様はこの部屋に連れて来た私に昔言った。
『もし私が亡くなるか大聖女の座を退いた時、この娘を守るのは貴方の役目です』
透明な水晶の棺に真っ白な手で触れ彼女は告げた。
その顔は悲しんでいるようにも微笑んでいるようにも見えた。
守らなければいけない存在。
つまりそれは守らないと危害を加えられるかもしれないということだ。
特別聖堂で大聖女様が言ったことを思い出す。
二百年前の災厄の隠蔽。それは王家だけでなく聖女を守る為でもあると。
力を暴走させた聖女は被害者だ。
でもその暴走を受けた人たちにだから恨まず憎まないでと言って頷いてくれるだろうか。
そんな恐ろしい力を持っているのが悪いと言い出すのでは無いのだろうか。
その怒りが暴走した結果、聖女と言う特殊な能力を持つ者たちを排斥しようとするのではないだろうか。
聖女の加護の恩恵を受けていた者は庇い守ってくれるかもしれない。
でも聖女のせいで酷い目に遭ったなら掌を返すかもしれない。
その可能性を考えるだけでも気が滅入って来る。
この気持ちが強くなれば最悪、人の為になるような加護は使えなくなるかもしれない。
「もしかして二百年前の聖女が力を使えなくなった理由って……」
学園を出ていく時に自分が言った言葉を思い出す。
私はあの時彼ら生徒を癒すことはないと宣言した。
それは大聖女様の命で辺境に派遣されたことで叶えられた。
けれどそうじゃなかった場合は、意識的だろうが無意識だろうが力を封印してしまったのだろうか。
「いや、流石に無いかな……でも」
私がもっと傷つきやすく繊細な性格で王太子たちの言葉にショックを受け絶望していたなら。
或いは。
「私が本当にティアロ殿下を愛していたなら、悲しくて目の前が真っ暗になったかもしれないわね……どう思います?」
試しに質問してみたが夢渡りの聖女が答えることはなかった。




