第33話 腕輪の効果
「腕輪は付けて見たけれど……効いているかわかりません」
私は若干困惑しながら言う。
しかし事実なので仕方が無い。
この場には治癒の加護が必要な人間が一人も居ないのだ。
だが思いついて口にする。
「ミネルヴァ先輩の眼鏡は……」
「視力矯正じゃなくて防護目的だよ」
「防護目的」
「以前アイテム作成中に飛び散った破片が目に刺さりそうになったんだ」
聞いているだけで肝が冷える。
ミネルヴァ先輩はそんな私を見て首を傾げた。
「たとえば破片が眼球や皮膚に刺さったまま君の治癒が発動したらどうなるんだろうね?」
「え……わかりません」
そして余り想像したくないことでもある。
「多分破片を取り込んだ状態で肉体が修復されると思う。その場合は一度皮膚などを切って破片を取り出す……」
聞いているだけで痛くなるようなことをミネルヴァ先輩が言い出す。
そのまま放置したら実際にやってみようと言い出しかねない。
「なら俺が実験台になろう」
「えっ」
後ろから低い声が聞こえたと思ったらリュカオン様だった。
「会話に参加してすまない、何やら君が困っているようだったので」
そうリュカオン様が言う。確かに困ってはいた色々な意味で。
「ふむ、格好からして騎士かな」
「そんなものだ」
「じゃあお願いしようかな」
「わかった」
ミネルヴァ先輩とリュカオン様は私そっちのけで短い言葉を交わす。
そしてリュカオン様は短刀であっさり自分の指先をすっぱりと切った。
「な……」
「これからどれぐらい待てばいい」
「後五分ぐらいかな」
そう言ってミネルヴァ先輩は瓶に入ったガーゼを幾つかピンセットで摘まんで何か薬品に浸した。
リュカオン様の掌にそれを載せる。
「消毒済みのガーゼだ。これで傷口を拭いて欲しい」
「わかった」
リュカオン様は返事をしてガーゼで指先を拭う。
一瞬傷口が見えたがすぐに血が滲み始めた。
「そのままで五分待つんだ」
そうミネルヴァ先輩に言われジリジリしながら待つ。
そして彼女は指示した。
「もういいだろう、アイラ腕輪を外したまえ」
「えっ、はい」
私は慌てて腕輪を外す。
「意図して加護は使わないように」
そうミネルヴァ先輩に念押しされる。
だがリュカオン様の指先は自らの血で真っ赤に染まっている。見ているだけで焦りそうになる。
「痛みは?」
「もう無い」
「追加のガーゼだ。これで血を拭くように」
「ああ」
そう言ってリュカオン様が同じように血を拭う。
今度は傷口が見えることは無かった。
「まあこの結果をもって腕輪は自動加護にも効果があると思って良いだろう」
実験としては回数も足りずかなり雑だが。
そうミネルヴァ先輩は自分で自分に突っ込みを入れた。
「元々この結果は想定していたからね」
「そうなんですか?」
私は彼女に尋ねる。
ミネルヴァ先輩はリュカオン様から血の付いたガーゼを受け取ると皿に載せて変な液体をかけた。
すると音もなくガーゼは灰になる。ちょっと怖い。
「大聖女様に頂いた資料から復元して改善したアイテムだけれど、元々は勝手に発動する魅了や幻惑と言った加護を抑える為に使われていたらしい」
「そんな用途が……」
「勝手に周囲が魅了されるのも困るし好意を抱く理由が加護のせいだと疑われるのも辛いだろう」
リュカオン様が言う。私はそれを少し意外に思った。
「確かにそうですけれど……魅了の加護に悩まされていた方が近くにいらっしゃったんですか?」
「幼い頃母が読んでくれた本の主人公がそうだった。最後は飛び降りて死んでしまったから覚えている」
「それは……忘れられないでしょうね」
後味の悪い物語ほど傷となって記憶に残る。子供の頃なら尚更だろう。
しかしリュカオン様の母親は何でそんな本を男児である彼に読み聞かせたのか。
「昔、貧しい妊婦がいて女神に熱心に祈り続けその願いがかなった」
「願いとは?」
「今から生まれる子が男たちから愛される子供になりますようにと」
「……何で男性限定」
「恐らく良い家に嫁いで幸せになって欲しいと思ったのだろう」
私の呟きにリュカオン様が答えてくれた。
「もし生まれたのが男の子だったらどうしたんですか?」
「まあ物語だから。こんなのは大抵結果論だよ」
私の疑問にミネルヴァ先輩が蓋をする。
彼女もリュカオン様の語る話に興味があるようだった。
「そして生まれた娘は美しい髪と顔と声を持ち大勢の身分の高い男たちに求婚された」
「それはそれで大変そう」
私は呟く。でも実際大変だと思う。
大勢から求婚されるということは大勢からの求婚を断らなければいけないということだ。
リュカオン様は同意するように頷く。
「その通りで娘は女たちに嫉妬され美しい顔を焼かれた」
「えっ」
ちょっと大変の種類が違う。
「しかしそれでも男たちに愛された続けた結果、怪しい術で魅了していると思われ魔女だと追放されたんだ」
「魔女、ね。それで最後は身投げして死んだと」
「その通りだ」
「……それ本当に子供に読ませていい話ですか?!」
思わず突っ込む。
私が子供だったら絶対読み聞かせして欲しくないそんな本。
(まあ孤児だから親自体いないけど)
変わった人だったからなとリュカオン様は懐かしそうに笑った。
「その哀れな娘も私が作った腕輪があれば救われただろうにねえ」
そうミネルヴァ先輩が言う。
「この教会には魅了の加護持ちの聖女はいないんでしたっけ?」
「今のところはいないね。余程強力か異端でなければ加護に気付かない場合も多いらしいよ」
「成程」
「そして居たとしたなら、教会は聖女を守る為存在を隠すだろうしねえ」
そんなものなのだろうか。
いやそうかもしれない。リュカオン様に教えて貰った物語を思い出す。
しかし授かった人間を不幸にする加護とは本当に加護なのだろうか。
もっと適した言葉があるような気がする。
「この腕輪をつけて街でも適当に歩いてみたらいい。使用想定環境で試すのが一番だよ」
ミネルヴァ先輩はそう言いながら眼鏡を人差し指で持ち上げた。




