第32話 発明の聖女ミネルヴァ
「はあ……」
廊下に出た途端私は腹から息を吐きだす。
ちらりと横を見たけれどリュカオン様もどこか気が抜けた表情をしていた。
あの後大聖女様は幾つか私たちに告げると話は済んだとばかりに祈り始めた。
それが退室を促す行為だと知っていたので私はリュカオン様を連れて特別聖堂を後にする。
何時間も居た気がするけれど外の明るさは大して変わっていなかった。
この後は教会内の施設で何人かに会って、その後はどうしよう。
流石に王太子はうろついていないだろうが、関係者に私が王都に居ると知られると面倒そうだ。
本当は一時的に滞在させて貰っていた男爵家に挨拶ぐらいはしておきたいけれど。
それと他貴族に私のせいで変な因縁をつけられていないかも確認したかった。
「リュカオン様は、これからどうされますか?」
「どう……とは?」
まだ少しぼんやりしているらしい。
騎士とはいえ一般人に大聖女様の圧は強すぎたのだ。
「私は大聖女様に命じられた用件をこなしますが、その間王都でも散策されますか?」
だとしたら帰る時間を決めて待ち合わせになりますが。
そう言うと彼は少し考える素振りを見せた。
「その用件と言うのは……俺がいると不都合だろうか?」
「不都合……別にそんなことは無いと思いますが」
「だったら付き合わせて欲しい。正直王都で何をしていいかわからないんだ」
困ったように言うリュカオン様は迷子になった子供のようだ。
確かに辺境でずっと暮らしていて突然王都に来ても戸惑うばかりだろう。
「かしこまりました。ただ席を外して欲しい時はそうお願いしますが」
「構わない。立場は弁えている」
リュカオン様の殊勝な言葉に頷き、私は歩みを進めた。
どんどん廊下で擦れ違う人間が多くなる。
つまり知り合いと顔を合わせる事も増えるということだ。
ちゃんと聖女然として楚々と挨拶してくれる知り合いは良い。
ただ私に気さくに挨拶した後横のリュカオン様を見て変に勘繰るような態度を取る者は頂けない。
聖女が案外俗っぽいことがリュカオン様に知られてしまうでは無いか。
今更かもしれないけれど。
聖女だって結婚して子供だって産む人はそれなりにいる。
恋愛に興味がある娘もそれなりにいる。教会は別にそれを咎めない。
但し感情の制御だけはしっかりするようにとは教えられる。
失恋などの強いショックで一時的に加護が使えなくなる場合もあるらしいので。
そういうのは私にはあまり理解は出来ないけれど。
私の加護は自動で発動しているので余計使えなくなるという感覚がわからないのかもしれない。
そんなことを考えていると目的の部屋に到着した。
「少し待っていていただけますか」
「わかった」
廊下でリュカオン様にお願いし、扉を叩く。
入室許可が出たので私は扉を開けた。
学園にあった図工室に似た室内に複数の聖女がいる。
「おっ、アイラじゃん。待ってたよ」
そう分厚い眼鏡をかけた短髪の女性が言う。
彼女は発明の加護を持つ聖女ミネルヴァだ。
色々便利な物や使い道のわからない物を他の聖女と協力して日夜創り出している。
「ミネルヴァ先輩、お久しぶりです」
「本当に久しぶり。話聞いたよ、色々大変だったみたいだね」
知り合いではあるが挨拶程度の関わりしか無い彼女にまで同情された。
学園内での出来事は聖女たちの間にどれぐらい広まっているのだろう。少し怖くなった。
「大聖女様に頼まれた腕輪、丁度出来たばかりだよ」
「有難う御座います」
私はミネルヴァ先輩に礼を言う。
「丁度良いから今つけて効果を試して見てよ」
「効果……ですか?」
私は大聖女様からミネルヴァ先輩の所に行くようにしか言われていない。
だが彼女の加護は知っているので発明品を持ってくるようにという指示だろうと思っていたのだが。
「そうだよ。加護封じの腕輪、一応何人かで試したけれど使用者に確認しないと」
「加護封じの使用者って……私がですか?」
思わず驚きの声を上げる。
先程加護が使えなくなった話を聞いたばかりなので縁起でもないという気持ちになった。
でもそんなことを知らないミネルヴァ先輩は首を傾げた。
「何でも夢渡りの聖女がアイラが求めていると大聖女様に告げたらしいけど?」
「夢渡りの聖女が……わかりました」
確かに王都に来る前に治癒の加護を任意で止められないか考えたことはある。
何故それを夢渡りの聖女が知っているんだと思うが、多分夢で私が話したのだろう。覚えていないけれど。
しかしそう考えてから数日も経っていないのに既に加護封じの腕輪などが出来上がっている。
改めてこの教会はとんでもないなと思った。




