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第31話 叫ぶ公爵令嬢パール・アロイス

「婚約破棄……ですか?」


 信じられない言葉を聞いたようにパールは目を見開いた。

 そんな彼女の様子を父であるアロイス公爵は冷めた目で見つめる。


「お前がごねた場合はだがな」

「そんな……何故私とティアロ様が婚約破棄をしなければならないのです!」


 淑女の嗜みとしてパールは滅多に大声を上げない。

 けれどそんな場合では無かった。


 父の執務室に呼び出され、椅子に座ることも許されないまま告げられた内容がこれだ。

 未来の王太子妃、そして王妃になる為にパールは今まで生きて来た。


 誰が見ても王太子の婚約者に相応しい完璧な令嬢として。

 なのに何故突然その未来が壊されなければいけないのか。

 私は何もしていないのに。


「これには不服を言うのか、王太子殿下が間違った行動をしていても笑っているだけだったのに」


 そう父が薄笑いで言う。公爵という立場に相応しくない下卑た表情だと思った。


「それは王太子殿下に逆らうことなど私は望まないからで……」

「なら婚約解消こそが王太子殿下の望みだとしたら?」


 信じられない言葉を聞いて心臓が凍り付く。


「そんなこと、ありえません……!」

「そうだな」


 パールの必死の反論に対しアロイス公爵はあっさりと首肯した。


「お父様!」


 怒りを隠さずパールは叫ぶ。


「だが王太子より上、国王陛下からの提案だ」 

「え……」

「王太子の喘息が悪化した、だから治癒の聖女を傍に置きたいと仰せだ」

「……喘息?」


 きょとんと首を傾げるパールに父親は呆れを隠さない。


「なんだ、殿下が喘息を長患いしていたことさえ忘れたか」

「そんなことは御座いません、ですが完治したものと……」

「それはどうして思った?」

「それは……学園内ではそのような様子は無かったから」

「では学園外では?」


 そこまで父に詰められパールはようやく顔色を変える。

 学園の外で王太子と何かをした記憶で最近の物をパールは持っていない。

 何故なら彼は暇があればあの聖女候補と外出していたからだ。


「まあ、王太子本人も今更気づいたようだからお前だけを責めるつもりは無い」


 だから大人しく婚約解消に同意しろ。そう言いたげな父をパールは睨む。


「あの聖女候補が必要なら、ティアロ様の侍女にでもなさればいいでしょ、」


 全てを言い終える前に頬に衝撃が走る。

 今まで一度も経験したことのない痛みと屈辱にパールは呆然とした。


「候補とは言え聖女を侮辱するということが教会に敵対することと同意義だと何故思いつかんのだ!」

「そんな……でも、だって、私は、ただ」


 涙が勝手に溢れて来る。

 公爵はそれに呆れと困惑を滲ませた。


「お前たちごときが考えるようなことを国王や私が考えないでいると思うか?!」

「え……」


 アロイス公爵はパールを怒鳴りつけた後に机の引き出しを漁った。

 そして大きめのビー玉のような物を手にする。


「陛下が侍医と同じ待遇での招致を教会に提案した結果送られてきたのがこれだ」


 台詞と共に公爵の指がビー玉の表面をなぞる。

 途端発光しパールが眩しさに目を閉じた。

 そして再び目を開いた公爵令嬢の目に信じられないものが映る。


「あ……ああ……」

「物見の加護と転写の加護の合わせ技らしい。よく考えたものだ」


 王太子が増長した聖女候補を断罪するシーンが公爵執務室で再現される。

 どういう仕組みなのかわからない。


 当時は生意気な聖女候補が王太子に言い負かされ切り捨てられる喜びと高揚しか感じなかった。

 けれどその結果王太子と巻き添えで自分の立場が危うくなった今は目を塞いでしまいたい。


 得意げに嘲笑うティアロの顔、怒りすら浮かべない冷めきった聖女候補の顔。


「い、いやっ」


 そしてニヤニヤとその光景を笑って見ている己の醜い顔。


「……違う、こんなのわたくしではないわ!」

「正直、呆れたぞ」

「そんな、そんなつもりはなかったの!!」


 確かに笑顔を浮かべている自覚はあった。わざとそうした意図もあった。

 けれどパールは己がもっと優雅で高貴な笑みを浮かべていると思っていたのだ。


「信じられないぐらい醜いな」


 だがこれでわかっただろう。ビー玉を引き出しに戻し公爵は言う。


「王太子と聖女候補が良好な関係なら兎も角、ここまで決裂したのに臣下待遇で仕えてくれると思うのか?」

「それは……でも、聖女の加護とは、困っている者を助ける為に神から与えられたものではないのですか?!」


 苦し紛れにパールは言う。最早自分が何を言っているのかもあまりわからない。

 ただ言い負かされたくないと、自分が失敗したと認めたくないと、それだけだった。


 だが父である公爵はそれを鼻で笑う。


「ならお前はその加護で、弱者を救ったことはあるのか」

「え……」

「お前にも加護が与えられている、高雅というものだがな。忘れたのか」


 そう父に言われた途端、ぼんやりとだが記憶が蘇る。

 教会の制服を着た人物と両親に囲まれている幼い自分の姿。嬉しそうに微笑む母の顔。


「お前の振る舞いに対し無意識に品の良さを感じ信頼させる、つまり好感度操作の亜種だ」

「気品……信頼……」


 確かに小さな時から品があると耳が腐る程褒められてきた。女神様のお陰だとも言われていた。

 でもそれはアロイス公爵家の長女として生まれ育てられ自らも淑女として研鑽してきたからだと思っていた。


「お前は一人娘だ。その加護も貴族令嬢の立場が一番活かせる。当然聖女への申し出は断った」

「なら……」


 だったら父にも今回の件の原因はあるのではないか。パールはそう口にしかける。


「お前にはその加護で分不相応に尊敬を集め人望があった。結果自らの能力と判断を過信し私たちに何の相談もしなかった」


 王太子が婚約者である自分をそっちのけで聖女候補に付き纏っているという大問題すら。

 そう父に低い声で言われパールは震える。


「だって、だって、そんなことをしたら私が……」

「王太子殿下に飽きられたと思われ、自分の価値が下がると思ったからか?」


 父の言葉は真実だ。しかしそれをパールは今日突きつけられるまで自覚しなかった。


「いいか、王家から私たちは距離を置く。私は忙しくなる、お前は大人しく人形のようにしていろ」


 何もしないのは得意だろう。

 父に言われパールは唇を噛みしめた。 

 

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― 新着の感想 ―
娘に言われないと家の問題に気付けない当主の方がよほど無能だと思うがなぁ
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