第20話 店主の罠と愚かな商人たち
正直今の段階で突撃しても許されるとは思う。
だって壁の向こうの悪徳商人と王太子の腰ぎんちゃくは不当に利益を得ようとしている。
しかも聖女の悪行を捏造して。
(教会の怖さを知らないのかな)
正確に言えば大聖女様の怖さをだが。
私もそこまでは知らないけれど教会の人たちも先輩聖女たちも全員彼女だけは怒らせるなと言う。
でも王太子たちや取り巻きの生徒は既に大聖女様をそこそこ怒らせている気がする。
だって耐えるのも修行ですと笑顔で貴族学園に放り込んだのはあの人なのだ。
そして退学して戻って来なさいと指示したのも大聖女様で。
つまり彼女の判断でも我慢ならないことが学園で私に起きたということだ。
遠巻きにされ陰口を叩かれ一人で学園生活を過ごし続ける程度ならきっと何の手出しもしなかった。
(店主さんはどうするのかな)
私は聴覚を再び壁の向こうに集中させる。
「事情はわかりましたが、五倍は流石に……」
「しかし浄化石が無くなれば辺境は魔物の巣窟になるのだろう?」
逡巡する声に対し足元を見るような商人の台詞に腸が煮えくり返りそうになる。
自分が何を言っているか理解しているのだろうか。
それは辺境に住む人たちが全滅するということだ。聖女も騎士も含めて。
そしてそうなった場合瘴気とそれに汚染された魔物に対抗する勢力は消える。
結果魔物たちはどうなるのか、この浅ましい商人はわかっているのだろうか。
(いっそ魔物だらけの森に放り込めばいいのではないかしら)
聖女らしくないことを考えてしまう。
しかし意外な程にリュカオン様の様子は平静だった。
自分の領地が魔物に屈し己も部下も死ぬぞと嘲笑されているようなものなのに。
「……わかりました。皆の命と辺境の平和には変えられません。その条件を飲みます」
「賢明だ」
明らかに沈痛な答えに得意げに短い台詞を商人は吐き出す。
本当にこんな馬鹿げた値上げを受け入れ支払うつもりなのか。
今すぐ王都に行って神官でも高等聖女でも連れて詐欺師どもを断罪してやりたい。
けれど次の瞬間憤りが戸惑いに変わる。
リュカオン様がうっすら笑っていたからだ。
「……では値上げを受け入れる代わりに、その理由について書面に記載して貰っていいでしょうか?」
「何?」
「こちらで仕入れた浄化石は研磨後に辺境伯に代金と引き換えにお渡しします。値上げ理由の説明は必須かと」
「チッ、面倒だな……ジョン、お前書いてやりなさい」
悪徳商人が自分の甥にそう指示をする。
けれど快諾する声は聞こえなかった。
当然商人はそれを不思議に思う。
「どうしたジョン。お前は学園に通って勉強をしているのだろう」
文章ぐらいさっさと書けと言いたげな声で商人は急かす。
「それは、そうだけど……」
「ああ、お二人のお名前も記載お願い致します。領主様は必ず知りたがると思うので」
「わかったわかった、ほらお前からまず書いてくれ」
「伯父さん、でも俺流石に書類なんて……」
「爵位を継いだら書類なぞ山程書くんだろ、今のうちに練習しておけ」
「だけど……」
どうやらジョンは自分の吐いた嘘がどれだけ不味いか今更気づいたらしい。
(気付くのが遅すぎる……)
そして私も気づくのが遅かった。
辺境での魔物討伐に必要な浄化石について詐欺行為をするというのは辺境伯相手に詐欺を働くと言うことだ。
「辺境伯って……やっぱり偉いのかな」
そんなとんでもない台詞が聞こえて思わず顔を机に突っ伏した。
ジョンは貴族学園で何を学んで来たのだ。そもそも貴族の家に生まれたのにわからないものなのか。
「偉いからなんだ。元はと言えば身分違いの相手に恋をした挙句学園から逃げた聖女が全部悪いんだろう。事実を書きなさい」
「はい、辺境伯様はちゃんとした理由があるなら値上げにも必ず納得してくださいます。なので署名さえ頂ければ言い値で買い取り……」
「早く書かんか、お前の尻拭いをするのを止めるぞ!」
店主に上手く誘導された間抜けな商人がジョンを脅し始める。
「うう……わかったよ」
そしてとうとうジョンは諦めたようだ。
暫く沈黙が空間を満たす。紙にペンを滑らせる音までは流石に聞こえなかった。
「ほら、ちゃんと二人分の署名も入れたぞ。取引の続きと行こう」
「わかりました。ではお渡しする代金を金庫からお持ちします。少々お待ちくださいませ」
「早くな」
短いやり取りの後に向うの部屋の扉が開く音がする。
気が付けばリュカオン様は音も立てずに扉を開いて既に廊下へ出ていた。




