第16話 辺境伯と王太子の過去
聖鳥のアッくんの背に私とリュカオン様は乗っている。
「しかし凄いな、この移動方法は……便利を通り越して凄いとしか言えない」
アッくんの広いふかふかした背で胡坐をかきながらリュカオン様は感心したように言った。
本当は彼の愛馬にリュカオン様と私で二人乗りして近場の街に行くつもりだったらしい。
ただ片道二時間かかると聞いて、ならと私が聖鳥への移動を提案した。
王都から往復したばかりだがアッくんはこれぐらいでは疲れない。
そして辺境伯邸から最寄りの町へ移動してる最中だが私はあることに気付いた。
「この距離を馬で二時間って、大分駿馬じゃないですか?」
「俺の相棒はこの地で生まれ育った中でも選りすぐりだからな」
リュカオン様はどこか嬉しそうに言う。
そして私に説明してくれた。
辺境は森を中心に瘴気に汚染されている。
土も食べ物も水もだ。
なので生物が育ちにくいが、その環境で育つことが出来れば色々と鍛えられた状態になる。
その真価が発揮されるのは浄化された状況だ。
つまり辺境で暮らす人間や動物たちは常に瘴気と言う重荷を背負って暮らしているようなものなのだ。
浄化の聖女が辺境に求められるのは瘴気汚染の対処と同時に戦いの場で騎士たちを強く出来るからなのだ。
「浄化石が今は潤沢にあるだろ。それを馬に使ってやれば二倍の速さで駆けるって訳だ」
「そんな使い方があったんですね」
私は感心しながら聞く。
やっぱり長年汚染された土地で暮らしている人たちが一番浄化石を上手く活用できる。
「それでもこの鳥には敵わないけどな、王都でもこれで移動してたのか?」
リュカオン様に質問されて私はまさかと首を振った。
「そんなことできないです。皆乗りたがるでしょうから」
「ということは王太子殿下も知らないということか」
「そうですね。一番知られたくない相手でしたし」
つい本音を言い過ぎてハッとする。
リサ先輩もだけどリュカオン様も私がどういう経緯で貴族学園を去ったかは知っている。
ただ今の話し方だと私が王太子をあまり好きではない、いや明確に嫌いなのが隠れていなかった。
流石に候補とはいえ聖女として不味いかなと思ったのだ。
一応聖女としてのイメージは大切にしなければいけない気がするので。
でもリュカオン様は特に失望したりがっかりした様子は無かった。
寧ろ納得したように頷く。
「そうだろうな、あのガ……王太子殿下は傍若無人かつ好奇心旺盛でいらっしゃるから」
「もしかしてお会いしたことがあるんですか?」
王太子殿下の本性を知ってそうな素振りに思わず食いついてしまう。
リュカオン様は少し目を泳がしていた。多分少し前の私も似た表情をしていた。
「いや、十年前に一度な。父親に連れられて謁見したことがあるんだよ」
「十年前……」
「凄い無邪気にお前は本当に人間なのか、人間に見える魔物じゃないのかと言われたな」
「えっ……」
私は絶句した。
十年前ということは王太子は六歳ぐらいか。
でも私が六歳の時でもそんなことは言わない。
ティアロは教師とかも幼い頃からついていたらしいのに何故そんな発言が出来るのか。
「辺境の動物が瘴気で魔物になるという知識を人間に当てはめただけなんだろうけどな」
「だからって……」
「その後魔物をペットとして飼いたいから連れてこいと言い出したからそれどころじゃなかったが」
「ペット……」
そういえば私のこともペット呼ばわりしていたな。まさか魔物もペットにしたがるとは。
あの馬鹿王太子にとってペットってどういう存在なんだろう。よくわからなくなってきた。
「父親が珍しく本気で怒って謁見は早々に終わった。王都に行けたのはあれきりだな」
「……なんだか、意外でした」
「何がだ?」
「王太子殿下ってもっと外面だけは完璧な人だと思っていたので」
そうか。
彼は辺境で必死で戦う騎士を魔物呼ばわりした頃から精神年齢が変わっていなかったのか。
「たまたま悪い部分を知る機会が無かっただけかもな。もしくは見せないように周囲が隠していたか」
「ああ……そうかもしれないです」
「それか、王太子のやることなすことを全部肯定する環境だったかだ」
「あっ、それ!それです!」
思わず全力で同意してしまう。だってあの学園は本当にそうだった。
婚約者を放置して私にばかり構っていたのはティアロ王太子だったのに何故か私ばかり批判されたのだ。
私と彼のやりとりを聞いていれば絶対嫌がってるってわかる筈なのに。
私はいつだって理由を付けてやんわり断って、それに対し彼が「我儘を言わないで」とか「困らせないでくれ」とか笑顔で威圧するのがお決まりだった。
「絶対否定しちゃいけないんですよ。あの学園は彼が間違ったら間違わせた側が罪になるような空気でした」
「……何というか初めて学園に行けなくて良かったと思ったよ」
そうリュカオン様は苦笑いで返した。そういえば彼はこう見えてまだ十八歳だ。
そして辺境で魔物を退治する役目と物理的な距離のせいで貴族学園には一度も通っていない。
同じ貴族なのに学園の生徒達と同じ年だったリュカオン様では天と地ほど暮らしが違う気がした。
そうやって頑張って魔物と戦っている相手を魔物扱いするなんて。
流石に口には出せないがティアロがあのまま国王になるのはかなり嫌だと個人的に思った。
「辺境で魔物退治を止めたら……王都にも影響ありますよね」
「そうだろうな。二百年前からずっと王都にだけは魔物を近寄らせるなと王家に厳命されてる」
寧ろその命令で辺境伯という地位と騎士団が生まれたようなものだ。
そうリュカオン様が言った。
「なのに魔物をペットにしたいとか王太子が言うなんて……」
「良くも悪くも俺たちが役目を全う出来ているってことだ。だから王家は俺たちの役割を忘れた」
リュカオン様は苦く笑う。十代とは思えない程疲れ切った表情に思えた。
私が近くにいるからある程度の疲れは自動的に癒える筈なのに。
「……私、王太子殿下は絶対思い知った方がいいと思います」
王太子が高貴な立場だというのはわかる。身分の違いというものは存在する。
なんなら聖女だって特権階級ではあるだろう。
でもそれは堂々と他者を見下したり無礼に扱ったりして言い訳ではない。
王太子という立場にも身の程はあるのだ。
私の言葉に賛同するようにアッくんが鳴く。
多分この子も王太子のことは嫌いだ。勘だがそう思った。
ティアロ殿下はアッくんに乗りたがるだろうけど、絶対お断りしよう。
じゃないと空の上まで飛んだ後でこの聖鳥は彼を振り落としかねない。




