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第15話 公爵令嬢パール・アロイス

 私は何もしていない。

 私が何かしたわけじゃない。


 聖女候補が学園を去って一週間が経過した。

 私は何も変わらない。

 パール・アロイスはいつだって優雅に泰然としていなければいけない。


 私は未来の王妃、そして国母になるのだから。

 ただ、私は変わらなくても周囲は変わる。


 私を慕っていた令嬢の数名が何日も学園を休んでいる。

 そのまま退学になるかもしれないと生徒達は噂をしている。


 心当たりならある。

 あの黒髪の聖女候補に嫌がらせをしていたからだ。


 彼女たちは何故かいちいち私にそれを報告して来たけれど、私が指示したことは一度も無い。

 注意することで刺激し、聖女候補への嫌がらせが増えるかもしれない。

 だから曖昧に微笑んで見せていただけだ。


 でもあの日微笑んだのは少しだけ間違いだった。

 聖女候補の少女が人前で王太子であるティアロに大層な口を利いたのだ。


 簡単に言えば王太子である彼とアロイス公爵令嬢である私の関係について口を挟んだ。

 身の程知らずも大概だと思う。それが許される程増長してしまったということだろう。


 だから王太子であるティアロ様が窘めて立場をわからせてやったのは正しいことなのだ。

 聖女候補は所詮聖女候補でしかない。選ばれなければただの孤児だ。


 男爵家の養子に入ったそうだが、それだって選外になれば容赦なく縁を切られるだろう。

 大聖女にだけは逆らうな。そう幼い頃から親には言い聞かされていた。


 だけど普通に暮らしていれば大聖女など滅多に姿を見ることは無い。

 そして学園に通う聖女候補は恐らく教会から放任、いや見放されているのだと思った。


 だって何も変わらないのだ。

 王太子殿下が婚約者がある身で聖女候補を構い、聖女候補は立場も考えず厚意に甘え連日遊び歩いていた。

 普通なら教会側が聖女候補に厳重注意するだろう。

 相手が王太子殿下で無くても、婚約者の居る男子学生と親密になろうとしているのだから。


 けれど何も変わらなかった。ティアロ様はあの女を構い倒しいつも連れ回していた。

 それがペットを構い散歩に連れて行くような気持だったと今ならわかるけれど。

 そしてわかった瞬間に思わず笑ってしまったのだけれど、それは決して悪意からでは無い筈よ。


 なのに、私に悪意を持つ連中は私が聖女候補を嘲笑ったと言い触らしているらしい。

 結果聖女候補は退学してしまったとも。そんな訳は無いのに。


(それぐらいで辞めるならもっと前に辞めていた筈だわ)


 姿を見せなくなった取り巻きたちの席を見つめる。

 彼女達はいつになったら復学するのだろう。


 男爵家と子爵家、貴族としては格下ただがそれでも貴族だ。

 何よりアロイス公爵令嬢である私が目をかけていた生徒。


 たかが孤児の聖女見習いを少し排斥しようとしただけで、そこまで大きな罰を受けるものだろうか。

 実は王太子であるティアロ様も最近学園で姿を見ない。ただ彼は元々来たい時にだけ通学していた。


 王室にはお抱えの家庭教師が居る。

 勉強で遅れをとることは無いだろう。


(私もティアロ様に倣おうかしら)


 別に勉強なら屋敷でも出来る。

 交流目的で無ければ学園になど通う必要は無いのだ。

 

 そう思いながら次の受業である神学の教科書を取り出す。


「痛っ」


 乾燥していたのだろうか、紙で指先を傷つけてしまう。

 憂鬱な気持ちになる。最近何故か傷の治りが遅い。

 教室で咳をする者も増えて来た。いや、自分が神経質になっているのかもしれない。


 先日廊下を歩いている時に、ラグーナ公爵家の令嬢にぶつかられた。

 なのに彼女は謝罪することも無くこちらを睨んで「貴方たちのせいで」と言い捨てて去っていった。


 ラグーナ公爵家の当主宛に抗議の手紙をしたためて送っておいたが、まだ腹に据えかねている。

 元々彼女も王太子殿下の婚約者候補だったと聞いている。

 もしかして私が弱っていると思い、蹴落としに来たのだろうか。


 ならば、今学園に私の悪評を振りまいているのもラグーナ公爵令嬢の差し金かもしれない。

 けれど、私はそんな低俗な策略に心揺れたりはしない。


 未来の王妃は常に優雅に悠然としていなければいけない。

 心を落ち着かせる為神学の教科書を開いた。


「神は人の行いを常に見ている」という一文が大仰に記載されている。

 見ているから何なのだと思った。見ているだけなら何もしていないと同じだと。


 赤い血が教科書にしたたり落ち不快になる。これは捨てて新しい物を用意して貰おう。


 そう、全部取り換えればいいのだ。取り巻きもそして聖女候補も。

 下位の存在の人間など幾らでも替えが利く。


 聖女候補だって幾らでもいるだろう。

 新しい聖女候補が派遣されたら、又同じ日常に戻る筈だ。


(ただ、ティアロ様にはもう少し甘えてみてもいいかしら)


 彼が聖女候補に心を動かされていないと分かった今、婚約者として少し大胆になってもいいだろう。

 私はそう思い、綻ぶ口元をそっと隠した。


 だって未来の王妃として、恥ずかしい振る舞いはできませんもの。


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― 新着の感想 ―
「王妃とは何か」と問われたら答えられないんだろうなぁ
色々終わってるけど、気がつかないみたいだね。 それこそ、聖女候補で孤児ならば、近寄ってきた王族に、大体従うしかない事は分かってるはずなんだけどね(汗)
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